第四話 そんなことをしているうちに、二時間が経った。

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 宿に戻った。  この宿は食堂を通らなければ二階に上がれない造りだ。俺は何気なく周りを見回して、そいつを見つけた。  アルノリアを犯そうとしていた、あのオークだ。  俺はまたしても頭に血が上った。あの野郎、さっきは見逃してやったが、のうのうと飯なんぞ食いやがって忌々しい。 「あれだ。お前を襲った奴」  アルノリアがぎゅっと俺の腕を握った。いくらこいつでも、自分を襲おうとした男は怖いんだろうか。  そいつが立ち上がった。こっちに向かってくる。治癒師のところへでも行ったのか、殴った鼻には傷もない。  クソオークが俺たちの前に立つ。 「あんなに怒ることねえじゃねえか。俺にも味見させろよ。ちょっとだけでいいからよ」  なんだ、こいつ。  このクソオークは、アルノリアが俺の玩具だとでも思っているんだろうか。違う。アルノリアは……その……俺の……俺の、なんなんだ?  そんなことはいい。いま考えることじゃない。俺はとりあえずクソオークを殴ることに決めた。  だが、俺を止めたのはアルノリアだった。 「ちょっと待って、ゴグ。あの、オークさん? 味見とおっしゃいましたが、あなた、今朝は私に何をなさったんですか?」  クソオークは鼻で笑った。 「どうってことねえよ。ちょっと舐めただけだ。あんたがあんまりいい匂いだったもんでよ」  こいつもアルノリアのあの匂いを感じるのか? それはそれで嫌だ。こいつと同じ嗅覚かと思うと嫌だ。  クソ野郎は俺に目配せした。 「別にいいだろう? 俺もあんたも同じオークだ。同胞同士助け合おうぜ」 「ええと、あなたも私に興味がおありと解釈してよろしいんですよね?」  アルノリアは首を傾げている。  なんなんだ、このバカエルフ。なんで自分を襲った相手と普通に会話しているんだ? それとも怖がっていると思ったのは間違いだったのか?  ああ、そうか、こいつはオークが大好きなんだったな。オークだったら誰でもいいわけだ。俺じゃなくたって。  くそ!  俺は知らず知らずバカエルフを抱く腕に力を込めていたようだ。アルノリアにじっと見つめられた。 「あの、ちょっと離してくれないかな」 「あぁ? なんだと?」 「おいおい、嫌がってるじゃねえかよ。離してやれよ」  クソオークがにたにた笑う。  殺す。  俺が動く前に、俺の腕をすり抜けてアルノリアが進み出た。  俺は自分でびっくりした。嫌がっていると言われて、つい力をゆるめちまっていたらしい。 「お? あんた、自分からこっちに来るってのかい? ヤらせてくれるって?」 「いえ、それはちょっと。ですが、ちょっとお付き合いいただけないかと思いまして」 「へえ。いいぜ、もちろん。おら、こっちに来いよ」  クソオークがアルノリアの肩に手をかけた。  するとどうだ。いきなり炎が燃え上がったのだ。 「うわ!」  クソオークは泡を食って手を離す。これも不思議なことに、炎はさっと幻のように消えてしまった。  ただし、火傷(やけど)は残っている。クソオークの右手の袖は半分くらいなくなり、肌は赤く腫れ上がっていた。  オークは目を白黒させている。  俺もあっけに取られていた。  ひとりわかっているらしいアルノリアが、俺を向いてにっこり笑う。 「効いたね」  ああ、そうか。呪符か。それを試すために、あえてクソオークに近づいたのか。  なんだ。  ……いや、違う。俺は別に、ほっとしているわけじゃない。断じて、違う。  アルノリアは上機嫌だった。 「これ、ちゃんと俺の意図を汲んでくれるし、相当強力で、かつ周りに迷惑のかからない魔法がかかってるよ。腕のいい呪術師に当たってよかった」  そうかよ。 「オークなら誰でもいいのかと思ったぜ」  しまった。それをいうつもりはなかったのに、口から出てしまった。  アルノリアは顎に手を当てた。 「そういえば……、あっちのオークには『かっこいい!』って感じがないなあ……」  はあ? なんだ、こいつ。 「だって、ゴグに出会った時にはあまりのかっこよさにぼーっとしちゃったんだよ? これってやっぱりひと目惚れだよね?」 「知るか」  俺はクソオークを置いて、アルノリアの腕を引いて二階に上がった。
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