201人が本棚に入れています
本棚に追加
宿に戻った。
この宿は食堂を通らなければ二階に上がれない造りだ。俺は何気なく周りを見回して、そいつを見つけた。
アルノリアを犯そうとしていた、あのオークだ。
俺はまたしても頭に血が上った。あの野郎、さっきは見逃してやったが、のうのうと飯なんぞ食いやがって忌々しい。
「あれだ。お前を襲った奴」
アルノリアがぎゅっと俺の腕を握った。いくらこいつでも、自分を襲おうとした男は怖いんだろうか。
そいつが立ち上がった。こっちに向かってくる。治癒師のところへでも行ったのか、殴った鼻には傷もない。
クソオークが俺たちの前に立つ。
「あんなに怒ることねえじゃねえか。俺にも味見させろよ。ちょっとだけでいいからよ」
なんだ、こいつ。
このクソオークは、アルノリアが俺の玩具だとでも思っているんだろうか。違う。アルノリアは……その……俺の……俺の、なんなんだ?
そんなことはいい。いま考えることじゃない。俺はとりあえずクソオークを殴ることに決めた。
だが、俺を止めたのはアルノリアだった。
「ちょっと待って、ゴグ。あの、オークさん? 味見とおっしゃいましたが、あなた、今朝は私に何をなさったんですか?」
クソオークは鼻で笑った。
「どうってことねえよ。ちょっと舐めただけだ。あんたがあんまりいい匂いだったもんでよ」
こいつもアルノリアのあの匂いを感じるのか? それはそれで嫌だ。こいつと同じ嗅覚かと思うと嫌だ。
クソ野郎は俺に目配せした。
「別にいいだろう? 俺もあんたも同じオークだ。同胞同士助け合おうぜ」
「ええと、あなたも私に興味がおありと解釈してよろしいんですよね?」
アルノリアは首を傾げている。
なんなんだ、このバカエルフ。なんで自分を襲った相手と普通に会話しているんだ? それとも怖がっていると思ったのは間違いだったのか?
ああ、そうか、こいつはオークが大好きなんだったな。オークだったら誰でもいいわけだ。俺じゃなくたって。
くそ!
俺は知らず知らずバカエルフを抱く腕に力を込めていたようだ。アルノリアにじっと見つめられた。
「あの、ちょっと離してくれないかな」
「あぁ? なんだと?」
「おいおい、嫌がってるじゃねえかよ。離してやれよ」
クソオークがにたにた笑う。
殺す。
俺が動く前に、俺の腕をすり抜けてアルノリアが進み出た。
俺は自分でびっくりした。嫌がっていると言われて、つい力をゆるめちまっていたらしい。
「お? あんた、自分からこっちに来るってのかい? ヤらせてくれるって?」
「いえ、それはちょっと。ですが、ちょっとお付き合いいただけないかと思いまして」
「へえ。いいぜ、もちろん。おら、こっちに来いよ」
クソオークがアルノリアの肩に手をかけた。
するとどうだ。いきなり炎が燃え上がったのだ。
「うわ!」
クソオークは泡を食って手を離す。これも不思議なことに、炎はさっと幻のように消えてしまった。
ただし、火傷は残っている。クソオークの右手の袖は半分くらいなくなり、肌は赤く腫れ上がっていた。
オークは目を白黒させている。
俺もあっけに取られていた。
ひとりわかっているらしいアルノリアが、俺を向いてにっこり笑う。
「効いたね」
ああ、そうか。呪符か。それを試すために、あえてクソオークに近づいたのか。
なんだ。
……いや、違う。俺は別に、ほっとしているわけじゃない。断じて、違う。
アルノリアは上機嫌だった。
「これ、ちゃんと俺の意図を汲んでくれるし、相当強力で、かつ周りに迷惑のかからない魔法がかかってるよ。腕のいい呪術師に当たってよかった」
そうかよ。
「オークなら誰でもいいのかと思ったぜ」
しまった。それをいうつもりはなかったのに、口から出てしまった。
アルノリアは顎に手を当てた。
「そういえば……、あっちのオークには『かっこいい!』って感じがないなあ……」
はあ? なんだ、こいつ。
「だって、ゴグに出会った時にはあまりのかっこよさにぼーっとしちゃったんだよ? これってやっぱりひと目惚れだよね?」
「知るか」
俺はクソオークを置いて、アルノリアの腕を引いて二階に上がった。
最初のコメントを投稿しよう!