第一話 うん、わかる。初手を間違えた。

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 俺たちは宿の一階にある食堂で食事をとった。  鶏肉、羊肉、兎肉。テーブルに並ぶ、ありとあらゆる肉料理。この店の肉全部食い尽くすつもりなんだろうか?  エルフはあまり肉を食べない。野菜とか木の実、小麦を練った硬いパンを食べる。その上小食でもある。  ゴグは四人分はあろうかという量をぺろりと平らげた。  すごい。さすがオーク。  人間が書いた本で読んだ――食欲旺盛な男は、ほかのところも旺盛だって。  なんでそんな本をエルフが読んでいるのかって? だって、興味あるんだもん。旅に出てから買った。泉の森にはそんな本あるわけないし。  彼が顔を上げた。 「それで?」 「はい?」  俺は思わず問い返していた。彼に見とれていたからだ。 「なんで一緒に旅をするのかって話だ。どういうつもりなんだ?」 「ああ、ええと、旅は道連れといいますし」 「それだけか?」 「……ふたりの方が生き残る確率も上がりますよ! ほら、あの、あなたはいわゆる傭兵というか、用心棒とか、賞金稼ぎとか、そういったご職業の方でしょう? 私は治癒師ですし、きっとお役に立てます」  ゴグは首を横に振った。 「俺は別に傭兵や用心棒を職業としているわけじゃない。そりゃあ、そういう仕事をすることが多いがな。旅を続けるには金が要るってだけだ」 「はあ。では、なぜ旅をしていらっしゃるのです?」 「さあな。帰るところがないからだろう」  つまらなさそうに、彼は言った。  俺は意外に思った。オークとは同族同士のつながりが非常に強い種族なのだ。同胞と故郷を愛し、血を重んじる。それに比べれば、エルフの方が希薄なくらいだ。 「帰るところがないとは、何か問題でもおありになったのですか?」  ゴグはぎろりと俺を睨んだ。 「うるさいエルフだな。いちいち首を突っ込んできやがって」 「すみません」  彼は深く息を吐いた。 「兄貴に怪我をさせた。よくある話さ」 「そうでしたか……」  オークにはもうひとつ強い思想がある。年齢や続柄によって強固な序列を持つことだ。子は親を敬い、弟は兄を敬わなければならない。  これはサフィロトとウリルの関係に基づいた思想だ。この二柱を並べて語る際、俺は必ずサフィロトを先に言わねばならない。それがエルフの信仰だからだ。しかし実際の関係としては、ウリルが兄である。弟は兄を敬うべし――とは、ウリルが序列として上だといっているのだ。 「あんたは? なぜ旅をしている?」  ゴグは探る目つきで尋ねた。  真実はいつも説明しづらい。俺は考えた挙句、当たってはいないがそう遠くもない答えを返した。 「人生を変えるため……でしょうか」 「変えなきゃいけないような人生なのか?」 「ええと、まあ、故郷にいても何も変わりませんし」 「だろうな。エルフの里は平和で安全で、退屈だろうよ」  その意見には反論できない。 「エルフには時々風に誘われるような奴がいるらしいな。ふらっと出ていって、いつまでも帰ってこないとか。あんたもそのクチか?」 「いいえ、私は違います。ですが、それも面白いお話ですよね。風の精霊が耳に囁くのだといいます。残念ながら私は聞いたことがありませんし、どうせ囁かれるなら風の精霊よりも熱い肉体を持った(オーク)の方が……」 「なんだって?」  俺ははっとした。つい本音が漏れてしまった。 「いえいえ、なんでもありません。とにかく、何かを得るまで私は旅を続けるつもりなのです」 「なるほどな」  ゴグは手を挙げて給仕を呼んだ。飲みものを頼むようだ。  給仕が行ってしまうと、彼は言った。 「六対四だ」 「何がですか?」 「仕事の取り分だよ。俺が六であんたが四。それでいいなら組んでもいい」 「本当ですか? ぜひお願いします!」  六対四とは、ずいぶん気前がいいじゃないか? 実際に労働に従事するのはほとんど彼だろう。俺はほぼ後方支援。彼の後ろからついていって、ちょっと治癒魔法をかけるだけ。  決めた。金はなるべくとっておいて、ちょくちょく彼におごろう。どうも食欲が満たされると機嫌がよくなるようだから。 「決まりだ。この街には仕事も多い。俺はここを拠点にするつもりだが、あんたもそれでいいな?」 「はい」  ゴグは宿の主人を振り返った。 「おい、こいつも同じ部屋に泊まるぞ。ふたりで使って構わんよな?」 「えっ! 同じ部屋?」 「なんだ? 不満か? 俺はいちいちあんたを起こしにいくなんてごめんだからな。同じ部屋に寝た方が手間が省ける」 「そうですね! その通りです!」  同じ部屋。いきなり。ベッドはどうするんだ? 俺はどこで寝るの? まさか彼の隣? 出会ったばかりで? 肌が触れ合ったり、寝返り打とうとしたら彼に引っかかっちゃったりするの?  失神しそう。
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