第一話 うん、わかる。初手を間違えた。

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 俺は昔から、同じエルフには(性的な意味で)興味がなかった。そもそもエルフたるもの、性欲や物欲は敵である。ありとあらゆる欲が敵だ。欲とは苦しみの源であるという思想が、エルフにはある。なので食事も控えめだし、物も少なめ、性欲にいたっては生殖以外は可能な限り抑えるようにと教えられる。まともに認められるのは睡眠くらいのものだ。  なぜエルフが欲を忌避するのか。それは、聖神サフィロトが兄への愛という欲によって過ちを犯したためである。生きとし生けるものすべからく欲という罪を背負って生まれたというのが、エルフの信仰だ。  その信仰の中で育ったはずなのに、どういうわけか俺は昔から大人が顔をしかめるようなものばかりに興味を持ってきた。  たとえばエルフから見ての異形。毛や鱗に覆われた種族。かつて怪物と呼ばれた者たち。とりわけ、オーク。  泉の森の書物庫には、そういった異形を描く書も多くあった。もちろん読み漁った。挿絵なんてついていたら大変である。目に焼きつけておきたくてじっと見つめていたら、それが浮き上がってくるように思えたものだ。  実際に魔法のかかった書もあって、開いたらこっちを向いて謎かけをしてくる絵もあったんだけど。  オークの絵にはときめいた。エルフの書物だから、彼らの扱いは魔物並みである。たいていが邪悪で愚鈍な生物として描かれていた。それでも俺は、オークの絵を見つめていると胸がどきどきして眠れなくなった。  俺がそんな状態であることは、すぐバレた。泉の森の王(名前はもちろんあるが、おいそれと呼んではいけないことになっている)に呼び出されて、説教されること十数回。エルフとオークの戦いの歴史や、殺人や強姦といったオークの蛮行、果てはオークの体臭(鼻が曲がりそうなほど臭いらしい)の講義までされたが、俺のときめきはいっこうに収まらなかった。  だって――。 『オークはエルフを見ると残忍な欲情を覚えるものなのだ。お前などひとたまりもないぞ』  と言われれば、  ――それはオークは無条件にエルフに魅了されるってこと? 俺が何もしなくても、好きになってくれる?  とか思ってしまうのだから、どうしようもない。  王には「こいつはだめだ。おかしくなった」と思われたらしい。(さじ)を投げられた。旅に出るというと一応は止められたものの、内心は「狂った子だ。かわいそうに。それはともかく早く出ていってくれ」だったんだろうなあと思うんだ。  父さんや母さんはもうちょっと熱意を持って止めてくれたけれど、俺の決意は固かった。
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