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翌日目が覚めた頃には、太陽が天高く上っていた。眠い目をこする俺の隣で、ゴグも瞼を開けた。
「ああ……、くそっ」
起きてすぐ悪態。これもオークっぽい。
「おはようございます。我が愛しの伴侶さん」
にこにこする俺を、彼はすごい顔で見た。もう、照れちゃって。かわいいな。
「なんなんだ、それは」
「結婚の約束をしたのですから、そう呼んでも構わないでしょう?」
浮かれる俺に、彼が鋭く刺す。
「誰がお前と結婚の約束なんぞした?」
俺はあんぐりと口を開けてしまった。
「嘘でしょう? かわいいとか俺のものだとかおっしゃったじゃありませんか!」
「ヤってる最中に盛り上がれば、それくらい誰にでも言うぞ」
しれっと。
「そんなこと知りません!」
「じゃあ、覚えておけ。事前と最中と事後に言われた言葉は信用するな」
「全部じゃないですか!」
「そういうことだ」
俺は頭に血が上る。
「初めてだったのに! 俺を騙したな!」
「さあどうぞと言ったのはそっちだろう」
確かに。いや、「確かに」じゃないんだよ。
「その後にちゃんと結婚してって言ったじゃないか。受け入れてくれたんだと思ったのに」
「いいや。よーく思い出してみろ。俺が一度でも、お前を好きだとか結婚しようだとか言ったか?」
遡って考えてみよう。好きだとか……結婚しようだとか……。ああ、言われていない。言われていない!
「いいか? エルフと結婚するオークなんていない。オークと結婚するエルフもいないんだよ。憧れのオークとヤれて満足だろ? いい思い出ができたな」
「俺が欲しいのは思い出なんかじゃない!」
昨夜はあんなに優しくしてくれたのに。心も身体も全部気持ちよかったのに。
「だいたい最初に襲ってきたのはそっちじゃないか! 俺は何も初対面でそこまでするつもりはなかったのに。これからちょっとずつでもいいから愛を育んで、しかるのちに幸せな初体験ができればいいなって思ってただけなのに!」
「お前、言っていて恥ずかしくないか? それに、俺から言わせてもらえばお前のあれは『思ってただけなのに』なんていう態度じゃない。喜んで食いついてきたくせに、何を言ってる」
「いきなりそういう展開になっちゃったんだから仕方ないだろ! じゃあなんでゴグは俺を押し倒したんだよ!」
「脅すつもりだった。エルフは生意気で不遜な奴ばかりだからな」
これには、地味に傷ついた。
「俺に欲情したからじゃないの……?」
「それもなくはないぞ。俺たちにとってエルフは不倶戴天の敵だが、犯したくてたまらない存在でもあるからな。しかし、抑えられないほどじゃない」
「嘘つき! 最後までしたじゃないか!」
「お前がどうぞって言ったからな。ヤったところで問題はないだろ?」
「だからってあんなに何回もするの? 夜明けまで何回も何回も、壊れるかと思ったよ!」
ゴグは笑いながら顎をさすった。
「エルフの肉体ってのはすごいもんだな。あんなによかったのは初めてだ。何度ヤっても、何度でもヤりたくなった」
褒めるみたいに言うから、俺もつい素直に言ってしまう。
「俺も」
何度ヤっても何度でもヤりたくなった。抜かれると寂しくて、もう一度が欲しかった。
「俺、昨夜は幸せだった。目が覚めた時も嬉しくて嬉しくて、もうこのまま死んでも悔いはないって思ったのに……」
「エルフは滅多なことでは死なん」
「だからぁ! そのくらい強く思ったってことだよ! いちいちうるさい!」
「うるさいのはお前だ」
ゴグはベッドにあぐらをかいた。まだ裸だったから、下半身が丸見えになった。つまり、昨夜俺をさんざん啼かせた竿が。
勃ってはいないけれど、やっぱり大きい。つい見てしまう。
彼が呆れた声を出す。
「もう一戦とか言うなよ。さすがに疲れたぞ」
「……いまそういう雰囲気じゃない!」
俺だってここでヤりたいとか言い出すほどバカじゃない。
「で? どうする? 出ていくか?」
ゴグが問うた。
「出ていったところで、お前はどうせほかのオークを見つけて股を開くんだろう? ただオークだってだけで俺に抱かれたんだからな」
「違うよ! ゴグにひと目惚れしたから……」
「俺はそんなこと信じない」
俺は洟を啜る。
彼は舌打ちする。
「オークなら誰でもいいんだろう? そんな奴を嫁になんぞできるか」
「あれだけヤっておいて?」
「愛情なんぞなくたってヤれる」
俺はついに泣き出した。情けない話だが、我慢できなかったんだ。
だって、最高の伴侶が見つかった、これで俺も幸せになれる――なんて思った矢先だったから、何も知らなかった頃よりずっと衝撃が大きかった。
「俺はゴグのこと好きなのに」
「昨日初めて会った相手をか? お前、相当頭が沸いてるな」
そうかもしれない。なぜって、俺にはわからないからだ。誰かを好きになるのがどういうことかなんて。
「ゴグは俺のこと自分のものにしたいって思わないの? ほかのオークを見つけて股を開くなんて、本当にそうなってもどうでもいい?」
いや、うん、支離滅裂だ。自分でも何を言いたいのかよくわからない。
でも、ゴグはむっつりと唇を曲げ、考え込んだ。数分間。俺がほんのちょっと希望を抱いた瞬間、彼は俺の両頬を指でつまみ、ぐいと外側に引っ張った。
「いたたたた、痛い!」
「このバカエルフ。いい加減にしろ」
彼は俺の腰を抱き寄せて、唇を奪った。息苦しいくらいの濃密なキスだった。
俺はおとなしくなってしまった。だって、キスだ。舐め合う舌がいやらしくて、どうしても昨夜のことを思い出してしまう。腰に添えられた彼の手の熱さや、裸のままの身体を意識してしまう。
息を乱す俺の額を、彼の指がそっと突いた。
「高貴なエルフじゃなかったのか? ガキみたいに泣きやがって。それとも大人になったばかりなのか?」
うっ。
「図星か。そうか、そりゃあ『初めて』だよな」
エルフは長寿だ。そのため異種族からは年寄りに思われることも多いが、実際には年寄りから思春期までだいたい似たような外見になる。
俺はエルフとしてはやっと一人前になったというところだ。ついこの間までは、同胞の誰からも「子ども」と見なされていた。ようやく大人になれたから、飛び出すように泉の森を出たんだ。
ゴグは俺の頭をくしゃくしゃ撫でた。
「まあ、お高く留まっているよりは、こっちの方がいいかもな。出ていかないなら飯を食うぞ。腹が減った」
彼が服を着る。逞しい身体が隠れてしまって、ちょっと残念だ。だけど、俺も着替えを始めた。
――ひと目惚れ、本当なんだけどな。
そう思いながら。
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