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うわっ!
驚き声を上げようとすると、悠馬から口を押さえられた。目を白黒させる俺の唇に悠馬は人差し指を当て「大声出さないで」と言っている。
それは、夢じゃない。現実だった。
「兄さん、うなされて汗だくだったから………」
確かに、俺の顔から首筋から たくさんの汗が流れていた。悠馬は、俺が騒がないと分かると口に当てていた指を外し、握りしめたタオルを見せる。
「その…心配になって」
顔は真っ赤で、黒い瞳は切なげに俺を一途に見つめていた。夢で撫で上げた髪は悩ましく乱れ、彼のぷっくりとした果実の様な唇は、俺の唾液で濡れそぼり間接照明に照らされ艶めいている。
元カノと勘違いしたとはいえ、濃厚なキスの感覚が まだリアルにこの唇に残っていた。ドキドキが止まらない。心臓の音が、目の前の彼に聞こえそうだ。
「ご、ごめ――――俺、キッ、キ……」
手をパッと外すと悠馬はゆっくりと距離をとり、タオルを差し出した。子供じゃないのに恥ずかしすぎてキスという言葉が言えない。めっちゃ、アワアワしてる。
「風邪ひくから、これで汗拭いて。キスだったら気にしないで、僕は俳優だよ。知ってるでしょ?」
「あ……だ、だよな。初めてでもないだろうしな……そうそう、ドラマのリハーサルだ……」
言葉を出すだけ、おかしなことになってゆく。とりあえず、タオルを受け取ると、アハハと誤魔化しながら起き上がった。
「…なんてな―――」
俺の苦しい冗談にも、悠馬は何も答えることなく、微笑んだままだった。
こんないい男だ。仕事にしろプライベートにしろ女性とのキスくらい経験あると思う。だが、さすがに男はないだろう。悠馬は余裕風を装っていても、その赤い顔が動揺を教えていた。俺が自身を責めないようにという配慮だと分かると、息をつきベッドから出る。
「もう大丈夫、俺…ちょっとシャワーを浴びてくる。先に寝てろよ」
再び笑い誤魔化しながら彼の肩を叩き、間接照明で明るくなっている部屋から出た。パタンとドアを閉めると、まだドクドクしている自分の胸を押さえ座り込む。
「嘘だろう。俺、男にキスしてしまったぞ」
―― どうしよう……
男とキスをした禁断の事実など、いくら頭を振っても脳裏から消すことはできなかった。
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