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 西へ走る車の窓の外に海が見えた。すぐ脇を電車がゴオーッと言いながら走って行く。海沿いの家は特別お洒落なわけでもなく、だからといって漁師の家っぽくもなく、普通の古い日本家屋が並んでいる。平べったく凪いだ三月の海はキラキラときれいだったが、朱里(あかり)の気持ちはそれほど浮かなかった。  去年から引っ越すことは決まっていて、とりあえず朱里の中学卒業を待ったに過ぎない。受験もこの町の高校を受けていて、合格し、そしてもうすぐ入学する。念願の離婚が成立してスッキリしたのか、運転席の母は鼻歌を歌っている。  赤い軽自動車はキュッと北に向かって曲がり、信号をいくつか越えて坂を上がる。意外と近くに山が見える。新興住宅地らしい整った街路に入り、似たような建物の間を抜けると車は止まった。  車から降りて深呼吸すると、少し潮っぽいような空気が鼻に感じられた。ここで暮らすのか、と朱里は薄い色の空を見た。
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