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地方都市のそのまた郊外にある小塚市には二つの高校があった。新興住宅地に近い新しい小塚南高校は、新しい住民が多くて電車で通う子も多い、制服も有名デザイナーがデザインしたおしゃれなところだった。ただ新しく人気もあるせいで偏差値も高く、朱里は古くからある小塚実業高校に入学した。小塚実業高校は、もともとは小塚に一つしかなかった高校だったために『小塚高校』と呼ばれており、南高ができてからは便宜上『北高』と呼ばれているらしい。朱里はその『情報ビジネス科』に入っていた。パソコンの資格も取れるらしいのでいいかなと思った。
他に『普通科』はもちろん、『機械』や『農林』、『国際』、『スポーツ科学』があった。北高は山手にあって新興住宅地や繁華街、鉄道の駅からはゆるやかながらも長い坂道をのぼらないといけなかったが、実業高校ということで市外からも通う生徒がいた。
そもそも、どうしてそんな不便なところに高校があるのかというと、昔は北の山手が林業などで栄えていたかららしい。山手の辺りには小学校や中学校もあって、どれも揃って百年近い歴史を誇っている。その代わり、今は寂れに寂れ、昔は賑わっていたらしい商店街はすっかり面影を失って、数軒の商店が残るだけになり、あとは廃屋か空き地になっている。数十年前に台風だか大雨だかで地滑りが起こり、そのせいもあって空き地が多い地区になっていた。
入学式の翌日は、早速、部活動の入部勧誘が行われていたが、朱里は目を伏せてそこから逃げるように早足でピロティを通り抜けた。
「森野さん」と誰かに呼ばれた気がして思わず振り返ると、派手そうな女子が三人ぐらい集まって、朱里の方を見て笑っていた。朱里は青ざめ、それから踵を返して走った。
自転車置き場に行って、校門を抜けると、どっと疲れが出た。
朱里は息が詰まりそうな学校を背にし、思い切り自転車を漕いで坂を下った。風はそこそこ気持ちよかったが、頭の中はもやもやでいっぱいだった。
知らない顔、知らない町、知らない道。
全てにイライラした。
大嫌い。全部嫌い。
初めて袖を通したセーラー服も、男子の古くさい学生服も、方言の強い言葉も、みんな顔見知りみたいな馴れ馴れしさも、あちこちでわき上がる笑い声も、部活勧誘してくる上級生も、盛り上げようとしている先生たちも大嫌い。新しいマンションも、新しい部屋も、新しい何もかもが嫌いだ。
朱里は学校が見えないところまで来たところで自転車を停めた。
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