6/10
前へ
/153ページ
次へ
 *  入学式後から三日続けて休むと、朱里の気持ちも追い込まれた。さっきは学校から連絡があって家に担任が立ち寄るとか言い出し、明日は絶対に行きますと言って断った。母はやっぱり怒っていて、朝から機嫌が悪かった。朱里のために引っ越しをしたのに、高校だっていろいろ探してあげたのにといろんなことをネチネチと言われた。  ここからなら絶対に死んじゃうよね。  朱里は最上階の外階段の踊り場にいた。本当は十五階建てなのだが、端は建築法か何かの加減で階段状に低くなっている。朱里の家に近い西端は九階が最上階で、そこから下を見ると、歩いている人の頭が小さく見えた。下にある細い緑地はマンションに張り付いていて、アスファルトの通路があって、自転車置き場と駐車場が広がっている。  気持ち良さそう。  朱里は踊り場の柵に肘をつき、遠く見える町を見た。マンションは東西向きに建っていて、踊り場からは町の西側が見えた。運河がチラリと見え、その向こうに広がる古いゴチャゴチャした下町も見えた。運河の東側は整備された真っ直ぐな道が多いが、運河の西側は入り組んだ道で迷いやすいと母に聞いていた。  黒い鳥がスイッと視界を横切った。運河に沿って桜が散っているのが微かに見える。  私もあの桜みたいにふわふわって散っちゃえればなぁ。  朱里は踊り場から手を伸ばした。風が掴めるような気がする。もうちょっと体を伸ばせば。鳥みたいに飛べるんじゃないかな。 「…さぁーん、森野さぁーん」  聞き覚えのある声がして、朱里は下を見た。そして咄嗟に踊り場の影に隠れる。黒い影が来客用自転車置き場から走ってきて、両手を大きく振っているのが見えた。あれはきっと『遠藤』だ。  何。ストーカー?  朱里は踊り場の柵に体を隠したまま、低い姿勢で階段を少し降りた。九階の踊り場で下を見ると、怪しい男子の姿はなかった。ホッとして、階段を駆け下りる。三階まで着けば家に帰れる。きっと彼はエレベーターで…。 「あぁ、おった」  何の苦労も知らない天真爛漫そうな目をした男子が、はぁはぁと息を切らせながら、五階の踊り場を曲がってきたところだった。  朱里は驚いて小さく声を上げ、そして階段をまた上がり始めた。九階から屋上に上がる階段はあるにはあるが、そこにはドアがあって鍵がかけられているというのに。 「うぉ、待ってや。何もせんから」  下から届く声は、確実に距離を詰めてくる。朱里は喘ぎながら九階まで上がった。そして行き止まりに着き、柵の外を見る。はるかに見える町。その下には小さな植え込みとアスファルト。
/153ページ

最初のコメントを投稿しよう!

30人が本棚に入れています
本棚に追加