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 *  一瞬意識を失いそうになったが、何とか堪えて朱里は気持ちを立て直した。ここで倒れたらシャレにならない。目の前の人は自分のせいで怪我をしているようだし、責任を問われないためにもできることはしておかないとと思った。それで遠藤少年を家まで連れてきたが、さすがに家の中に入れるのはどうかと逡巡していたら、彼は「ティッシュくれたら嬉しい」と玄関にさえ入らずに笑顔を見せた。階段を下りるときに鼻血の血が落ちないように服で鼻を覆っていたから、学生服は黒で見えないとはいえ、少し湿っているのがわかった。既に鼻血は止まりかけていたが、朱里がティッシュを箱ごと出すと、彼は「助かる」と笑った。  余りにも彼が爽やかなので、朱里は彼を玄関先ぐらいなら入れてもいいかなと思ったのだが、彼自身が拒んだ。 「家の人、おらんみたいやし、知らん奴入れたらあかんやろ」  知らん奴、ではないみたいだけど。朱里は思ったが黙っていた。彼の顔にもいくつか擦り傷があった。 「ごめんなさい。私…」朱里は思わず頭を深く下げた。涙が出てくる。自分は怪我もなく、彼が酷い目に遭ってしまった。 「何が。いや、そもそも俺が…」  朱里は強く首を振った。私がドジだったから。 「俺が不審者みたいなもんやけ、俺が悪い」  そう言って彼は困ったように俯いた。何か言いあぐねているようで、言いにくくもあるようで、朱里はどうしたらいいかわからなくなった。そうして二人でしばらく黙っていたが、どうやら彼のほうが大きく息を吸い込み、朱里はその動作に目を上げた。遠藤少年は唇を強く噛み、それから朱里を見て口を開く。 「俺、あの、意味なく付け回してたんやなくて…その…」  彼はしばらく朱里を見ていたが、勇気を振り絞るようにして唇を噛み直した。 「別になんていうか、特殊能力とかやなくて、その…何が見えるとか聞こえるとかやないんやけど、霊感とかともちゃうと思うんやけど…わかる…っていうと、わからんのやけど、勘みたいなもんで…」  朱里はぽかんと彼を見た。この人、ちょっと変。家を突き止めてきたところからちょっと変だと思っていたけど、やっぱり変。何を言ってるのかわからない。 「俺にはようわからんのやけど…森野さん…あの…ちゃうかったらごめんやで。あの…死のうとか思てた?」  朱里は目を丸くして彼を見た。脳みそが一気に燃えて昇華して消えたみたいに真っ白になる。目が熱くなってボロボロと一気に涙が溢れ出した。どうして。 「あれ? どないしたんや。わ、わ、森野さん」  彼が焦ってティッシュをバババと何枚も取り出して朱里に押し付ける。  朱里は押し付けられたそれを受け取り、その場に座り込んでティッシュで顔を覆った。  どうして。
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