Cafe hakuu

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高校からの帰り道、急な夕立に見舞われた。 急いで近道を行こうと路地裏に入ったのは良いものの、知らない通りに出てしまった。 とっさに近くのカフェの屋根の下で雨宿りをする為、駆け寄る。 すると丁度、カランコロン...とカフェのドアが開き、店の主人らしき男の人が顔を出した。 「良かったら、雨宿りしていってください」 お店の中に入られてもらい、貸し出してくれたタオルで雨で濡れた頭を拭く。 「あの、ありがとうございます。助かりました。」 タオルを返す際に、改めてマスターの顔を見る。 年齢は50〜60代位。シルバーグレーの髪をオールバックにしている。 清潔感のある真っ白なワイシャツと黒のベストを着て、黒のスラックスに茶色のカフェエプロンを着けている。 そして黒のコックシューズが歩く度に、店の照明で鈍く光る。 「宜しければ、雨が止むまでゆっくりして行ってください。」 マスターの突然の提案を申し訳ないと思い、断ろうと口を開きかけた瞬間、辺りに雷鳴が轟き雨足が増す。 心做しか、風が出てきた。 ゴロゴロッ...! ザァァァー! ヒュゥゥゥー...! 「...えっと、小雨になるまで居させてください」 申し訳なさそうに言うと、マスターは「えぇ是非、そうして下さい」と微笑んだ。 マスターの好意に甘えて、テーブル席で勉強を進める。 お客は私の他に誰も居ないようで、とっても静かだ。 店内にペンが走る音、それに時々ページがめくる音と窓に風で雨粒が当たる音が響く。 カリカリ... ペラ...ペラリ... パラッパラッ...トト... 静寂でゆったりとした時間が流れる。 「んー...!」 背伸びをして身体を解す。 今日の宿題と明日の小テストの予習も出来た。 こんなに集中して、勉強に取り組めたのは久しぶりだ。 時間を確認しようと、カバンの中からスマホを取り出す。 しかし、電源は入らず「充電切れ」の表示が出る。 学校から出る際に、見た時は「80%」と表示があったのに。 おかしいなぁと思いながら、ふと外を見る。 まだ、地面で雨粒たちが踊っている。 もう少し、ここ喫茶店》に居れそうだ。 遅くなったらよく行く通りに出て、公衆電話で母親に連絡し、謝って迎えに来てもらおう。 集中したせいか、少し小腹が空いた。 マスターに声をかけようかと迷っていると、カウンターの方からコーヒー豆をミルで挽く音が響く。 「すいません、煩かったですか?」 「あ、いえ...えっと...メニューを貰ってもいいですか?」 「はい。ただいまお持ちします」 マスターからメニューを受け取り、ページを開く。 色鉛筆で塗られた色とりどりの料理が、目に入ってくる。 ちょっとした甘いモノが食べたい。大丈夫。1品くらいの金額であれば、ちゃんと払える。 たぶん、雨が止んで外に出れば、蒸して暑いだろうから...やっぱり、ここは... 「あの、すみません。注文、お願いします。」 数分後、マスターが銀色に光るトレーに注文の品を乗せてやって来た。 「お待たせしました。〝メロンクリームソーダ〟でございます。」 シュワシュワ...ッ!と炭酸の弾ける音が聞こえる。 よく冷えたグラスに翠色(みどり色)の海が入れられ、氷の上には真っ白なバニラアイスと控えめに真っ赤なさくらんぼが乗っている。 「わぁ...!いただきます...!」 傍に置かれたストローを取り、炭酸を飲む。 シュワシュワッ...!とした炭酸の刺激が口の中、喉と通り過ぎていく。 次はバニラアイスが溶けないうちに、銀色に光るスプーンで掬って口に運ぶ。 ヒヤッとした冷たさ、濃厚な牛乳とヴァニラの風味が、口の中で広がる。 そういえば、メロンクリームソーダを食べたのはいつぶりだろう? グラスの中で弾ける泡のように、記憶の底から懐かしい思い出を思い出す。 すると、小さい頃の思い出が浮き上がって、目の前で弾けた。 ザブンッッ...! 次の瞬間、私は一面が翠色(みどり色)の世界に身体ごと放り込まれていた。 ゴボッゴボッ...?!! 酸欠にならないように、咄嗟に両手で口と鼻を押さえる。 炭酸の弾け躍る音がうるさい。 パニックで息を止める事しか出来ない為、その間もゆっくりと身体が沈んでいく。 ふと顔を上に上げると四角い氷の塔に、バニラアイスの氷山にさくらんぼのブイが浮かび、翠色(みどり色)の海面がユラユラと揺れている。 すると一際大きな泡が目の前に来たかと、触れる前に弾けた。 それは、幼い頃の思い出だった。 とても仲良しな友達がいた。 雪音(ゆきね)と言って、ピアノが得意な女の子。 家が近所という事や母親達が仲良しという事もあり、よく遊んだ。 私は雪音(ゆきね)の事を「ユキ」と呼び、ユキは私の事を「リョウちゃん」と呼んだ。 遊んだ日のランチは決まってデザートに〝メロンクリームソーダ〟を1つ頼み、それを仲良く食べていた。 何処に行くのも一緒で行く先々で、よく姉妹に間違われていた。 私が元気な姉で、ユキが引っ込み思案な妹と言った所。実際にユキは私の背中に隠れている事が多かった。 それが最近では、一緒に帰る事も話す事もない。いつから?小学校、中学校とクラスは違えどお互い、近くに居たのに。 ふと、顔を上げるとどこからともなく、また大きな泡が目の前に現れて弾ける。 場面は幼い頃の思い出から、去年の高校1年の頃に移り変わる。 そうだ...私は陸上部、ユキは吹奏楽に入り、お互いに忙しくて喋るどころか一緒に帰る事も無くなったんだ。 あと最近は、ユキが居る隣のクラスメイトから嫌がらせを受けていると言う噂を耳にする。 胸が苦しい... 酸欠になっているせいか、ユキの事が心配のせいなのか...分からない。 〝ユキ...〟と試しに声に出して見るが、ゴボッ...!と気泡が出来ただけだった。 「ユキに逢いたい」という想いが心の底から湧き上がり、気付くとキラキラと翠色(みどり色)の海面に向かって泳ぎ、手を伸ばしたー… ガクンッ...と頭が傾いて、目が覚めた。 いつの間にか、眠っていたらしい。 目の前のグラスは空になっていた。 ふと外が明るいと思い、外を見ると雨が上がっていた。 会計を済ませて、店のドアノブにかける手が一瞬止めて、見送ってくれるマスターの方に振り向く。 「あの...、今日は雨宿りをさせて頂きありがとうございました。助かりました。あと、メロンクリームソーダ、美味しかったです。次は友達も連れて来ます。」 そう言うとマスターはニッコリと微笑みながら、「えぇ、次は是非〝仲の良い〟お友達と一緒に来て下さい。」と言ってくれた。 改めて、お辞儀をしてからドアノブを引っ張り外に出る。 カランコロン...と入口のドアに取り付けられた鈴が鳴る。 顔を出した太陽の眩しさに思わず、目を瞑る。 カフェのドアが閉まる際に「〝次のハクウの時まで、ご来店お待ちしております〟」と聞こえた。 「え...?」とまだ眩しさに慣れない目を振り向きざまに開けると、そこは見慣れた通りだった。 さっきまでの喫茶店が、ケムリのように消えたのだ。 「え...?えぇ...?!」1人、辺りを見回す。 どう見ても、よく使う見慣れた通りだ。 暑さで幻覚を見たのだろうか? いや、これは「現実に起こった事」だと〝雨に濡れて水溜りが出来た道路〟に〝カバンの中にある記入済みの宿題〟、〝潤った喉〟が証明している。 未だに事の状況が掴めていないでいるとスマホが鳴った。 「充電切れ」だったはずだが、80%と表示がある。 しかも時間があの喫茶店過ごした体感時間は、1〜2時間と思っていたがスマホを見ると1時間も経っていないことに気付く。 謎が謎を呼ぶと言った所だろうか... 改めて、スマホを見ると母親からメールが届いていた。 『ユキちゃんのお母さんとユキちゃんが手作りのお菓子を持ってきてくれたから、早く帰ってきておいで。 母 』 『分かった』と返信を送り、家に向かって走り出す。 お菓子を食べながら、まだ知らないユキの連絡先を教えてもらおうと心の中で決めて数ヶ所ある水溜りを飛び越える。 バシャッ...!と踵が水溜りに入るが、お構いなしに走る。 日焼けしたポニーテールが、ジャンプする度に揺れる。 水溜りを踏む度に、太陽の光で水晶のように輝く水しぶきが制服の裾を、靴下を徐々に濡らしていく。 来年になれば〝受験〟という人生の分岐点がやって来る けれど、それを過ぎて大人になってもユキとはずっと仲良しでいたいと改めて思った。 今度の休みに2人でショッピングをして、帰り道に〝クリームメロンソーダ〟を食べようか? そんな楽しい事を考えながら、家路を急ぐ。 ラムネ色の空がとても清々しく、自然と笑顔になる。 とっても良い笑顔だと言う事を、母親に指摘されるまで私は知らない。
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