微熱未満の恋

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 出たよ。  俺は低体温だから三十六度でも熱なんです発言。  授業をサボる口実のつもりだろうが、あいにく保健室は仮眠室ではない。 「先生、オレほんとに熱なんですって。信じてくださいよぉ」 「平熱ってもん知ってるか? お前の体温は確かに平熱以下で、お前にとっては熱かもしれんが、だからってお前を熱判定するわけにはいかないの。わかる?」 「わかんないっス」 「じゃあとっとと教室戻れ」 「そんなあ……」  二年C組。柴田直樹(しばたなおき)。十七歳。  スポーツ万能で精悍な顔立ちだが、年齢のわりに言動が幼い。  保健室の常連組だが――そもそも常連組なんて言葉が生まれてしまったことが不甲斐ない――柴田は運動関係ではなく、仮病を口実に俺の前に現れるのだ。 「……織弥先生」 「おりやぁ?」 「いや、篠川先生」  養護教諭。篠川織弥(ささがわおりや)。二十八歳。  これが俺の肩書だ。  東京郊外にある全寮制男子校のしがない養護教諭。  我ながら顔だけは良いが、性格は最悪だとも自負している。  俺にてきとうにあしらわれても、柴田はめげずにサボリ続けるのだ。  メンタルが強いのか単にバカなのか知らないが、特別興味もない。 「先生、もう一回測ってよ。今度こそ熱あるかもしれない」 「お前さっき何度だった?」 「三十五度九部。ギリ三十六度出なかった。次はイケる」 「どんな自信だよ」 「頼みますよぉ。次出なかったらおとなしく戻ります」 「たった数分で微熱まで上がるわけねえだろうが」  柴田は週に二、三回は保健室に顔を出す。  本来ならば何か事情があるのかもしれないが、柴田の場合は明らかに仮病なのだ。  なぜか。  単細胞の柴田はすべてが顔に出てしまう。  あろうことかこのガキは俺のことが好きらしい。  体温計を手に柴田に近づくと、彼はあからさまに視線を外す。脇に挟ませ、腕の上から軽く押してやると、小麦色の肌がほんのりと赤く染まる。  わざとらしく耳元に息を吹きこんでやると、思春期真っ盛りのガキのようにビクリと肩を揺らした。 「そのまま動くなよ」 「……先生、エロい」 「は?」 「先生、声エロいっス」 「生まれつきエロいんだよ、俺は……っと、ほら、見ろ」  三十六度ジャスト。  デジタル表示を見せつけると、柴田はガクリと肩を落とした。 「くっそーッ」 「ほら、さっさと帰れ帰れ」 「……ねえ先生、休みの日何してんの?」
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