ももたろう

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ももたろう

 昔々あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。  おじいさんは山で何かをし、おばあさんも川で何かをしていました。すると川上から、大きな桃がドンブラコ、ドンブラコと流れ着いて来ました。 「これはまた大きな桃だねぇ。浮いた食費で何をしましょうか」  そんな皮算用を胸に秘めつつ、おばあさんはお家へと帰りました。背負った桃は思いの外に重たく、つい挫けそうになりますが、とうとう心が折れる事はありませんでした。伊達に百姓暮らしで鍛えてはいないのです。 「ばあさんや。その立派な桃はどうしたことか」 「川で拾ったんですよ。これでしばらくは食事に困りません」  言うが早いか、おばあさんは牛刀を手にしつつ微笑みました。ギラリと輝く刃先が、哀れな獲物を求めるかのようです。 「ではでは、御開帳!」  刃は迷いなく、一思いに振り下ろされました。するとどうでしょう。桃の中から元気な男の子が姿を現したではありませんか。 「こりゃたまげた。中に子供が紛れておったぞ」 「おじいさん。この子は天からの授かりものです。私達の子供として育てましょう。大人になったら養ってもらえますし」 「そうじゃのう、それが良い。では名前のひとつも付けてやらねば」  おじいさんは悩みました。雄々しく、元気に、そして革新的な大人に育って欲しい。その想いが閃きを呼び起こしたのです。 「よし、第六天魔王と名付けよう」  桃太郎にしました。  さて、この不思議な少年は、世の理を無視してスクスクと育ちます。背丈はアッと言う間におじいさんを追い越してしまいました。長く伸びた髪は後ろに束ね、上半身は裸というラフなスタイルです。  桃太郎は見た目と同じで、真面目ではありません。おじいさんの何かを手伝いもせず、またおばあさんの何かにも興味を示しませんでした。来る日も来る日も悪ガキ達を集めて語らい、裸馬に跨っては村を騒がせ、あるいは相撲をとってはゲラゲラと笑う。そんな毎日が続いたのです。 「桃太郎や。まだ生後2ヶ月じゃが、もう立派に育ちおった。いい加減遊び回るのを止めなさい」 「そうですよ桃太郎。そろそろ家業のひとつも手伝ってくださいな」  しかし、桃太郎は首を横に振るばかりです。これにはおじいさんも、おばあさんも弱りました。食費がしんどいのです。いっそ口減らしをと考えた夜も、一度ではありませんでした。 「お主の事を皆が何と呼ぶか知っておるか? 桃から生まれた大うつけと嘲笑っておるのだぞ」 「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」 「え、えん……?」 「親父殿。オレは百姓で終わる気など無い。名を挙げ領地を統べ、いずれは天下に覇を唱えたいのだ」 「てんか……正気なのか!?」 「オレの力を見せてやる。まずは鬼どもを平らげてこよう」  おじいさんとおばあさんは首を捻りました。鬼、鬼。2人で顔を合わせて、ジィッと考えてみても、心当たりはありません。  それでも、遠出してくれるのは有り難い事です。それだけで食費が浮くのですから。白々しくも、頑張ってきなさいと、手ぶらで送り出すのでした。 「何はなくとも家来が必要だ」  桃太郎は即断即決の男です。そして頭が良いので、すでに家臣団のイメージを固めていました。強くて忠実な犬、賢さに優れる猿、そしてキジとかその辺りを求めて駆け回りました。  彼は意味もなく遊び呆けていたのではありません。この日の為に、コネクションの形成に余念が無かったのです。だから一人目はすぐに見つかりました。 「犬。供をせい」 「桃太郎様、褒美に百万石くれたら着いていきます。それからメチャクチャ若い嫁さんも」 「首尾よく運べば手配する」 「お任せください! どんなヤツ相手でも、オレの槍でブッ倒してやりますよ!」  犬は確保。続けて猿なのですが、見つかるようで見つかりません。友達は沢山いても、猿には心当たりがなかったのです。仕方なく桃太郎は少しだけ妥協しました。 「ハゲネズミ、供をせい」 「桃太郎様。オイラは天下人になりたいんですが、どうですかね?」  猿、もといネズミは小狡い顔で微笑みました。その一方で手元のキセルを吸い、燃費の悪さも感じさせます。 「貴様にその器があれば、オレの後を任せてやる」 「えっへっへ、オイラが加わりゃ百人力ですぜ」  それからキジを求めてさすらうのですが、中々良き人と巡り会えません。桃太郎はすっかり面倒になり、さらなる妥協を重ねました。 「もう貴様で良い、供をせい」 「コッコ」  結局、養鶏場の鶏を1羽だけ失敬したのでした。  こうして桃太郎家臣団は、意気揚々と攻め込みました。鬼を求めて進撃したは良いものの、近くに居たのはマムシ顔の人たちでした。そんな彼らと語らううちに仲良くなり、結果的に美しい娘を嫁にもらい、領地を丸々もらう約束も交わしたのです。 「者共、とうとう近場に鬼は見つからなんだ。是非も及ばず」  鬼退治は、相手が鬼じゃなかったという理由で失敗しました。しかし、彼の野心はここから本領を発揮するのです。その飛躍っぷりはまさに、虎が翼を得たかのようでした。 「これより天下を獲りに行く。世に巣食う鬼共を存分に懲らしめようぞ」 「上様、世に巣食う鬼とはなんぞや」 「悪しき風習と心得よ」 「ハハッ!」  桃太郎の家臣はよく働きました。犬は槍の遣い手で、あらゆる敵を葬りました。ネズミのち略も舌を巻くほどに優れ、一晩で城を建てたり、あるいは水攻めで落としたりと大活躍です。そして鶏も負けじと働きました。懐に入れれば暖かく、また脱いだ草履を温めるのに重宝したのです。  皆、朝から晩まで働きました。とても頑張りました。そして、桃太郎も凄く頑張りました。公家気取りの集団が攻め寄せたと知れば奇襲で討ち取り、将軍様が何かイヤになったら追い出して、自分の力をドンドンと知らしめて行くのです。桃の旗はあちこちで翻るようになり、桃太郎の権力を裏付けました。 「そろそろ皆に報いてやるか」  桃太郎は犬やネズミに領地を分け与えてやりました。そして育ての親のおじいさんとおばあさんに、金銀財宝を届けました。百姓が触れることのない宝の数々です。これを境に、歪んだ笑い声が村中に響き渡るようになりました。  それはさておき鬼退治です。桃太郎が鬼と見定めると、すぐに改められました。火薬で動く武器をジャンジャン作ったり、あるいは楽できそうな市場を設けたりと、誰も考えつかない様な改革を実行したのです。  その一方で、友達作りにも気を配りました。文通も大切にしたのです。東の馬好きおじさんや、北の超強いおじさんに手紙を送ったりするなどして、とにかく仲間を増やそうと頑張りました。  その甲斐あって、とうとう都までやって来る事が出来ました。 「上様、とうとう桃の旗が都に立ちましたな! まさか、かような光景を目の当たりにしようとは、感服仕りました!」 「たわけが。まだ島国1つ制しておらぬわ。これしきの事で騒ぐでない」 「いやはや、ネズミごときにゃ大事でございまして。兜の緒を締める想いになり申した」  桃太郎の覇業は留まる所を知りません。革新的な発想は多くの人を惹きつけ、味方はたくさんできました。しかし、同じくらいに敵も増やしてしまったのです。  ある晩の事。桃太郎は立派なお屋敷で眠りに就いていました。今や大臣様という立派なお方です。普段は大勢の家来に守られていましたが、この日に限っては何となくイヤになり、多くの兵士を遠ざけていました。  するとなぜか、家が燃え始めました。炎はみるみるウチに大きくなり、すぐに逃げ場を失ってしまいます。  これは何事か。桃太郎は開きかけた口を閉じます。外から聞こえる声が恐ろしいものだったからです。 「桃太郎はいずこか!」 「首を獲れ、断じて逃がすでないぞ!」  それはネズミとは別の、頭の良い家来でした。金柑と呼んで頼りにしていたのですが、いつの間にか深く恨みを買ってしまったのです。  辺りには犬もネズミも居ません。ただ鶏だけが酷く取り乱し、右往左往するばかりでした。 「去ね、何も揃って丸焼けになることもあるまい」  桃太郎は鶏を窓から逃がすと、自分はその場に座りました。 「人生50ヶ月。あまりにも儚き」  こうしてお屋敷は炎に飲まれてしまいました。京都では何日もの間、桃の焼けた匂いが染み付いて、腹が減って仕方が無かったとか。  あの夜から一週間が過ぎ、桃の香りが和らいだ頃の事。鶏はかつてのお屋敷を訪ねました。辺りには誰もおらず、焼け跡が見えるばかりです。 「コッコォ……」  鶏は、桃太郎を思い出してなきました。あの温もりが、厳しいながらも優しかったあの人が、今でも忘れられないのです。黒焦げの柱を飛び越し、寝室だった場所に座りました。何もかもが焼けた後です。思い出の品のひとつも見つかりません。  しかしそこで眼にしたのです。金色に輝く、小さな小さな種が地面に落ちているのを。  鶏は大層驚きましたが、種を植えてみる事にしました。クチバシで地面に押し込み、土を上からかけてやります。するとどうでしょう。アッと言う間に芽吹いたかと思うと、グングンと育ち、桃の実が成ったのです。さらに桃の実は デップリと膨らんで、地面にドスンと落ちました。  人でなくても信じられない光景です。それは鳥類でも同じでしたが、彼は怖がりませんでした。桃の実をクチバシで突付いて、2つに割りました。そして桃の中からは、体つきの良い青年が姿を現したのです。 「鶏よ。また会えたのう」  桃太郎はそう微笑むと、鶏を懐にしまいました。甘い汁でビッチャビチャなのですが、気にした風ではありません。それは鶏も同じで、大好きな温もりを汁越しに感じ取るのでした。 「次の支配者は金柑か、それともハゲネズミか。まぁどちらでも良い。この国の鬼は粗方、退治し終えた。あやつらでも統治できるであろう」 「コッコ」 「たわけが、休む暇などないわ。これより海の向こうへ行く。島国よりも遥かに広大で、手強い世界へとな」 「コッコ!」 「フン。付いてくるのは構わぬ。だが、泣き言を抜かせば途中で放り出してやるぞ」  鶏は馬鹿にされた事が不満です。桃太郎の懐から出ると、その肩に止まり、胸を大きく張りました。それが何とも強そうで、鷹のようにも見えました。 「ならば、いざ征かん。この世の鬼どもを、悪しき風習を撫で斬りにしてくれよう」  こうして、桃太郎は鶏を連れて、どこかへと旅立ちました。この国で彼が姿を見せたのは、これきりです。  ちなみに桃太郎を育てたおじいさんとおばあさんは、仕送りを賭け事で使い果たし、いつもの貧乏暮らしに逆戻りしてしまいました。そして来るはずもない大きな桃を待ちわびて、来る日も来る日も川辺に居座るのでした。  めでたし、めでたし。 
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