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だが、そこに甲斐侍の難しい感情が立ちふさがる。武田家自体が甲斐源氏の血筋で甲斐守護の家柄をステータスとしている。そこに甲斐の国人衆が巻き付いて巨大化した、いわば甲斐国人衆の利益代表者としての顔があった。
もちろん信虎、信玄と二代続いた当主の実力は際立っているのだが、織田家のように下剋上によって守護を倒して大きくなった大名家に比べると、革新的な政策は取りづらい。
今、目の前に立ち塞がる信茂こそ、甲斐国人衆の思いそのものなのだ。
勝資は鬼気迫る信茂の表情を意に介さず、不思議そうな表情のまま反論する。
「武田家の中で、小助は一番美濃の国を知っております。しかもお味方の美濃国人衆との結びつきも深い。勝利こそがお館様の戦歴を輝かせると、わしは思うのだが」
家格など勝利の前には意味を成さないと、言わんばかりの言葉に信茂の顔が変わった。今の信茂は戦場で敵と対した戦人と化している。
信茂が懐の小刀に手を伸ばした瞬間、素早い動きで間に入った男がいた。
馬場美濃守信房、何度も激戦に向かいながらもかすり傷一つ負わないことから、不死身の鬼美濃と呼ばれている。甲斐国人衆でありながら、信玄の新しい統治政策に理解を示し、甲斐を離れ上野の守備を買って出た男だ。
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