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「信茂殿、まあ、待たれよ」
信房は信茂の荒ぶる気を鎮めるかのように、不敵な笑い顔を浮かべる。
「何だ、お主は跡部の案に賛同するのか?」
信茂は邪魔するなら信房であっても、斬って捨てるという勢いだ。
「だから待てと言っておる」
戦場を蹂躙する鬼美濃の低い声が大広間に重くのしかかる。
その声が示す武威は、さしもの信房も怯ませた。
「信茂殿は大きな勘違いをしておる。そもそも猿啄城戦など、我が武田の西上において、初戦に値することもない局地戦だ。西上を果たす上での重要な準備に過ぎない。準備を任されて、西上する本軍に組み入れられなかった者こそ哀れと思え」
ものは言いようである。聞きようによっては、猿啄城攻略に関わり信玄本軍に入れなければ、労多くして功少ないようにとれる。
勝資憎しで勢い込んで反対した信茂も冷静になり、甲斐人が本来持つ利に聡い損得勘定が働き始めた。
「言われてみれば、お主の言うことに理がある。ここはお主の顔をたてて、跡部の案を認めよう」
信茂は狡猾な笑みを浮かべながら矛を収めた。
勝悟はホッとして、小助と顔を見合わせる。
一触即発の事態が収まり、集まった諸将の緊張が解けていく中で、勝資だけは何を当たり前なことを言っているのかと、言わんばかりの顔で平然としていた。
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