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「わしは馬場殿にお主のことを訊かれたことがある。あれは飛騨攻めについて、お館様に相談に来たときのことだ。ちょうど馬場殿も高遠に来ていて、わしの姿を見て呼び止められた。そのときにお主の出自や、わしとの関係について訊かれた」
勝悟ははっとした。できるだけ目立たぬようにしてきたつもりだが、人の噂は恐ろしいもので、高遠城への本拠移転や駿河専売所の真の発案者であることは、知らぬうちに家中に広まっていた。
出自の分からぬ勝悟に対する妬みや嫉みから、悪い噂をささやかれていることも知っていたが、信房ほどの重臣から警戒されることは避けたかった。
「それで鬼美濃殿は何と?」
「うむ……馬場殿は今川、北条との共闘は悪くないと言っておられた。ただ今川と近すぎることは気に成っておられるようだ。いずれ飲み込む相手だとおっしゃり、懸念すべきはお主が駿河の手の者でないか、ということだとも言っておられた」
勝悟はとっさに言葉が出なかった。出自を隠していることが、このような誤解を生むことも新たに知った。ここは権謀が渦巻く戦国の世なのだ。
だからと言って、今氏真と距離を置くことは損失があまりにも大きい。氏真には領土的野心も政権への未練もない。ただ、自分の経済政策が実行され、駿府の都市的発展を見ることが嬉しいのだ。
そして、彼の政策は斬新で効果的だ。信房の言うようにいずれ飲み込むにしても、その後で経済官僚としてのポストを与えれば、武田にとって大きな益に成ることは確実だ。
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