第3話 ときめき

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第3話 ときめき

「よく来られた。昨日の話で頭の中はいっぱいと思うが、今宵は(いくさ)のことはいったん忘れて寛がれよ」  武田太郎義信は力強くそう言って、いつもの豪快な笑みを浮かべた。  軍議の翌日、勝悟は勝頼と共に高遠にある義信の屋敷に招かれた。  信玄の本拠移動に伴って甲斐を任された義信は、謀反の疑いをかけられぬように、月に一度のペースで信玄に会うために高遠にやって来る。  それだけではなく、義信の愛妻嶺松院(れいしょういん)と娘の(こう)は、人質として高遠に住んでいる。この屋敷は義信の月に一度の来訪時と、義信の妻子が住むために、信玄が用意して与えたものだった。 「兄上こそ月に一度の甲斐と高遠の往復に加え、嶺松院殿と別れて暮らせねばならない不自由で、ご苦労が絶えないこととお察しいたします」  同じ信玄の子でありながら、常に二心ないことを証明し続けねばならない兄に、勝頼は心から同情しているようだ。 「何の、今川と戦わねばならないと思っていた頃に比べれば、今の不自由など苦労の内に入らぬよ。それにわしは一所にじっとしているのが苦手な性格ゆえ、月に一度のこの旅も実は楽しみの一つになっている」  確かにアグレッシブな性格の義信は、甲斐でじっと政務をしている方が辛そうに思える。  旅の間、政務から解放されてのびのびとしている義信の姿を想像して、勝悟は思わず笑顔になった。
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