465人が本棚に入れています
本棚に追加
第3話 ときめき
「よく来られた。昨日の話で頭の中はいっぱいと思うが、今宵は戦のことはいったん忘れて寛がれよ」
武田太郎義信は力強くそう言って、いつもの豪快な笑みを浮かべた。
軍議の翌日、勝悟は勝頼と共に高遠にある義信の屋敷に招かれた。
信玄の本拠移動に伴って甲斐を任された義信は、謀反の疑いをかけられぬように、月に一度のペースで信玄に会うために高遠にやって来る。
それだけではなく、義信の愛妻嶺松院と娘の光は、人質として高遠に住んでいる。この屋敷は義信の月に一度の来訪時と、義信の妻子が住むために、信玄が用意して与えたものだった。
「兄上こそ月に一度の甲斐と高遠の往復に加え、嶺松院殿と別れて暮らせねばならない不自由で、ご苦労が絶えないこととお察しいたします」
同じ信玄の子でありながら、常に二心ないことを証明し続けねばならない兄に、勝頼は心から同情しているようだ。
「何の、今川と戦わねばならないと思っていた頃に比べれば、今の不自由など苦労の内に入らぬよ。それにわしは一所にじっとしているのが苦手な性格ゆえ、月に一度のこの旅も実は楽しみの一つになっている」
確かにアグレッシブな性格の義信は、甲斐でじっと政務をしている方が辛そうに思える。
旅の間、政務から解放されてのびのびとしている義信の姿を想像して、勝悟は思わず笑顔になった。
最初のコメントを投稿しよう!