第1話 野望の実

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「織田は十一か国を制し、総兵力は十八万とも言われています。それに比べお味方で西に動員できる兵士はせいぜい四万。織田が半分の九万をもって迎撃に出れば、徳川と合わせて十万の軍となります。これにどう対処されるつもりか?」  昌盛の問いに対し、同じ北信濃を守る上田城の真田幸隆(さなだゆきたか)が、反論した。 「先年の朝倉討伐で、近江の浅井が信長に反旗を翻しました。これに呼応するかのように本願寺顕如(ほんがんじけんにょ)が、一向宗の門徒を引き連れ摂津石山で兵をあげています。一向宗は他にも、信長のお膝下の長島でも一揆を起こしました。これらを抑えるために、かなりの兵力が費やされ、結局我らを迎撃する兵力は、せいぜい五万というところでしょう」  幸隆はこの年五八才、第四次川中島の合戦を最後に家督を嫡男信綱に譲り、隠居生活を送っているが、三ツ者とは違う独自の忍者集団を使って、諸勢力の情勢分析は怠ってないようだ。  昌盛は幸隆の物知り顔に反発を感じたのか、顔を紅潮させて反論しようとしたが、その声を遮るように別の場所から声が上がった。 「兵力論議は話を全て聞いた後でいいでしょう。こちらで織田兵力がいくらと皮算用したところで、現実は思いもよらぬ変化があるもの。大事なのは西上の侵攻路と我が軍の編成がどうなるかではないですか」  信玄の幕僚の一人である穴山信君(あなやまのぶただ)が、話を先に進めるように勝資を促した。  信君は昌盛や幸隆のような年長者に比べ、まだ三一才と若いだけに、何とか工夫して現状を覆そうとする気概がある。才気煥発(さいきかんぱつ)で信玄の信頼も厚いことから、古い考えに固執した老人をやや見下すきらいはあるが、議論においては家中でも対抗できる者はそう多くはない。
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