第1話 野望の実

8/8
前へ
/644ページ
次へ
「それでお主はどうしようというのだ」  信玄の異母弟にあたる一条信龍(いちじょうのぶたつ)が、リスクばかりある策に多少苛立ちを込めて問いかけた。  信龍は甲州武者には珍しい洒落者で、尾張の織田軍に多い傾奇者のように華やかさを好む傾向がある。回りくどい説明の勝資に結論を急がせた。 「これは失礼しました」  勝資が苦笑いを浮かべる。  こういうところで笑顔を見せてしまうのが勝資の欠点だと、勝悟は思った。  頭脳明敏な勝資には、訊くときも論理的な説明を好む。それに苛立つ甲州武者はやや愚か者に見えるのであろう。今の笑いには、その気持ちが無意識に表れていて、諸将の反発を招いてしまうのだ。 「それでは、今回の作戦を説明します。まず我々は全力で猿啄城を叩きます。この攻防がその後の展開を左右します。猿啄城を落としたら、ここからの侵攻はいったん止め、駐留軍を置き、主攻は岡崎城から尾張に攻め上ります」 「その策は、徳川が岡崎城に引き籠ったらやっかいだと、先ほどお主が言ったではないか?」  信龍が腑に落ちぬ顔で勝資を問いただす。 「そこで猿啄城駐留軍が活きてきます。尾張に向かう岐阜からの織田の援軍を、猿啄城の駐留軍が足止めします。猿啄城は木曽川の最上流にあり、どの地点にも木曽川を伝わってすぐに向かうことができます。尾張の兵と徳川軍だけなら、挟撃されてもそれぞれ各個撃破可能です」 「フーム」  信龍も納得したのか反論はなかった。 「それで、最も大事な猿啄城攻略は誰がするのだ?」  訊いたのは重臣の一人である内藤昌豊(ないとうまさとよ)だった。 「これなる山中小助が主将を務めます」  勝資が自信満々に小助を紹介した。 「それはならぬ」  勝資の意見を真っ向から否定する、(きり)のような鋭い声が広間を貫いた。
/644ページ

最初のコメントを投稿しよう!

465人が本棚に入れています
本棚に追加