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「それでお主はどうしようというのだ」
信玄の異母弟にあたる一条信龍が、リスクばかりある策に多少苛立ちを込めて問いかけた。
信龍は甲州武者には珍しい洒落者で、尾張の織田軍に多い傾奇者のように華やかさを好む傾向がある。回りくどい説明の勝資に結論を急がせた。
「これは失礼しました」
勝資が苦笑いを浮かべる。
こういうところで笑顔を見せてしまうのが勝資の欠点だと、勝悟は思った。
頭脳明敏な勝資には、訊くときも論理的な説明を好む。それに苛立つ甲州武者はやや愚か者に見えるのであろう。今の笑いには、その気持ちが無意識に表れていて、諸将の反発を招いてしまうのだ。
「それでは、今回の作戦を説明します。まず我々は全力で猿啄城を叩きます。この攻防がその後の展開を左右します。猿啄城を落としたら、ここからの侵攻はいったん止め、駐留軍を置き、主攻は岡崎城から尾張に攻め上ります」
「その策は、徳川が岡崎城に引き籠ったらやっかいだと、先ほどお主が言ったではないか?」
信龍が腑に落ちぬ顔で勝資を問いただす。
「そこで猿啄城駐留軍が活きてきます。尾張に向かう岐阜からの織田の援軍を、猿啄城の駐留軍が足止めします。猿啄城は木曽川の最上流にあり、どの地点にも木曽川を伝わってすぐに向かうことができます。尾張の兵と徳川軍だけなら、挟撃されてもそれぞれ各個撃破可能です」
「フーム」
信龍も納得したのか反論はなかった。
「それで、最も大事な猿啄城攻略は誰がするのだ?」
訊いたのは重臣の一人である内藤昌豊だった。
「これなる山中小助が主将を務めます」
勝資が自信満々に小助を紹介した。
「それはならぬ」
勝資の意見を真っ向から否定する、錐のような鋭い声が広間を貫いた。
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