町を、捨てて

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町を、捨てて

  「っ……べ、ベリアーヌさんは?」 「最前線でリエマユさんと暴れています。彼女は[体力自動回復]と[疲労自動回復]のスキルがあるので今しばらくは大丈夫でしょう。ギルドの応援、または魔獣の数が減り始めたら前線を押し出します! エルンさんはキノコスープをお願いします!」 「わ、わかりまし——」  ぐらぐらっと地面が揺れ始める。  明らかに自然のものではない。  シシリィとともに迷宮の方を見ると、魔獣の群れが押し寄せていた。 「そんな……! もう三波が……!? ベリアーヌさんは——」 「シシリィ!」 「「ベリアーヌさん!」」  前方で暴れていたベリアーヌとリエマユが、シシリィとエルンの横に着地する。  ということは、もはや壁となるものがなにもない状態。  いくら闇キノコのスープを迷宮の入り口にばら撒いても、これでは——。 「シシリィ下がるんだな。外壁門を閉めて、籠城するんだな!」 「いきおいがぜんぜんおさまらんへん。まだベヒーモスもあらわれてへんのに」 「モーヴとボアの群れが特に厄介だな。あの突貫力でいくらバリケードを張っていても突破されるんだな」 「っ」  怪我人とベリアーヌとともに前線から下がってきた冒険者たちを連れ、トリニィの町へと逃げ込む。  門を閉め、シシリィがすぐに怪我人の治療に当たる。  ベリアーヌはまだ戦えそうな冒険者とともに外壁に登り、上から魔獣を攻撃し始めた。  エルンもそれに伴い、[火球弾]で遠距離から魔獣の群れの討伐に当たる。  だが——。 (なんだあれ。あれ、全部魔獣……なのか?)  上から見た魔獣大量発生(スタンピード)は、黒い波であった。  大地が蠢き、押し寄せてくる。  どんなに魔法を打っても、びくともしない。  ベリアーヌやリエマユ、シシリィたちは、あれを相手に戦っていたのか。 「もうダメだ、この町は……! ベリアーヌさん、町を捨てて逃げるべきだぜ!」 「応援が来たところでこの規模は——!」 「くっ……!」 「待ってください! エルンさんが魔獣大量発生がすでに起こっていると、王都には伝えてくれています! 迷宮の入り口に闇キノコのスープを運んでいるので、今しばらくすれば効果も見えてくるでしょう! まだ諦めるには早すぎます!」 「取り囲まれてからじゃ町人たちの避難もできなくなる! まだ動けるうちに町を捨てるべきだ!」  シシリィの言葉も、外から来た冒険者たちにかき消される。  なにより、その言葉は——あの大群を見たエルンにも、その意味がわかってしまう。  少なくとも今の人員では無理だし、ギルドから応援が来たとしても厳しい。  騎士団の重盾兵が隊列を組んで止めねば、あれは止まらないだろう。  闇キノコスープは焼け石に水にしかならない。 (どうしたら……)  この町は、故郷だ。  魔獣に踏み荒らされてなど、ほしくない。  だが、命と町なら命を優先すべきだ。  町はまた、作ればいい。  人命に勝るものは、ない。 「…………シシリィさん、町の人を、逃しましょう……」 「エルンさん……?」 「俺、この町であんまり、いい暮らしはできなかったけれど……それでも……」  思い出と共に涙が溢れてくる。  早くに両親を亡くしたけれど、女将と大将のおかげでここまで育てた。  ナットという兄弟のような幼馴染の親友もいる。  冒険者になってからは、苦い記憶ばかりだが——それのおかげでシシリィに出会えた。  町の至る所に思い出がある。 「町の人が死ぬのは嫌です……!」 「っ……」  町を捨てるべきだ。  人命を優先すべきだ。  だから。 「シシリィさん、ベリアーヌさん、町の人を、この町の外へ、避難させましょう……!」 「エルンさん……」 「エルン坊……」  魔獣の鳴き声。地鳴り。空気が揺れる。  この町の人間として、自分が言うべきだと思った。 「わかりまし——」 「まだ諦めるには早ぇぜ、エルン」 「そうだお!」 「!? ギルマス! アンジェリィさん!?」  突然、なにもないところから現れたギルマスとアンジェリィ。  さらに、外壁の上には次々に冒険者たちが転移してきた。  杖を振り上げたアンジェリィが「魔法部隊! 放て!」と叫ぶと、魔法使いたちが一斉に広範囲の攻撃魔法を放つ。 「あっ!」  応援だ。  冒険者ギルドの。  だが——。 「ギ、ギルマス、ダメです! 無理ですこの数は!」 「落ち着け。規模が想定以上だった場合もちゃんと想定してある」 「?」  想定以上なのも想定してある?  言葉として奇妙な、とキョトンとしたところ、塀の上に見知った背中が舞い降りてきた。 「あっ、ティアさん!?」 「やぁやぁ〜! ここがエルンの故郷かぁ! ちゃんと守ってあげるから安心して! なにしろうち、『魔王』になってめちゃステータスあがったからねぇーーーーっ!」  そう言ってジャンプすると、円形の刀を勢いよく振るう。  次の瞬間、その周辺の魔獣が五メートルほど吹っ飛び、七メートルほど宙を舞った。 「賢者見習い舐めんなぉ! [強遠雷連弾]!」 「!」  魔法陣が無数に現れ、波のようだった魔獣の群れを半分削り取った。  あれほど黒かった大地は削れ、地肌が見える。  挙句雷魔法により火がついて、魔獣たちは分断。  自分が進むべき方向が、わからなくなっている。  それをシャクティアが潰すしていく、という荒技。
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