ヤマギシは"アタマおかしい"。

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ヤマギシは"アタマおかしい"。

隠れる。 技術準備室の一番奥の隅のすみ。 しゃがみこんでしまったら、 扉口からも見えにくい。 カラリ、て扉が開いたら、息を詰める。 そしたら、気がつかれヘン。 ここにいててもバレへん。 休み時間が一番コワイ。 息を止めて身を潜めて。 じーっと時が過ぎるのを待つ。 小学校の時は上級生が怖かった。 学校の行きしなと帰りしな。 帰りしなが一番コワかった。 中学校になったら 同級生がコワイ。 休み時間が一番コワイ。 なんで、僕は構われるんやろ。 毎日毎日ひっそり隠れてるのに、絶対見つかって引きずり出されてひどい目にあう。 なんでやろ?て思うと 泣きそうになる。 でも思ても泣いても なんにも変わることはなくて、 やっぱり弄られるだけ。 だから、 なんでや、とか 思うことを もうやめた。 かわりにサンドペーパー。 木片を磨く。磨く。 硬くてざらざらのそこらの安っぽい木切れ。 紙のやすりで撫で続ける。 ずっとずーっと、撫でる。 安っぽいがどんどん剥がれてく。 ほら、トクベツな、が、 もうすぐそこに来てる。 カラリッ!! いきなり開いた。 しまった…。隠れられてない…。 「あれぇ、もぅいっぱいやったか。…残念。」 ヤマギシ?ヤマギシ? 「ダさイ?…ここに隠れてんねんや。」 こ、…ここ、居ってもええよ、て…。高橋せんせが…。 「そうや。そやし、 ここで描いてたろて 思たんやけど。 別んとこでするわな。」 ヤマギシはスケッチブックを持ってる。 え、ええよ。 ここで描いてても…、 ドキドキした。 でも言ってみた。 すぐ後悔した。 「お前と一緒てのが嫌なんじゃ。 きっしょい!」 そういわれる。そう思た。 「ほんまか?よっし。」 ヤマギシは そう言っただけ。 きしょい、とかは 言わへんかった。 そこらにひょいて座って、 ガシガシかきはじめた。 ついつい見てしまう。 手元をじーっと見てしまう。 ガシガシガシガシ… ガシガシガシガシ… ガシガシガシガシ… 「…なんや?」 ぐりぐり目玉が いきなりぐりっと、 こっち向く。 うわっ。バレた…! ご、ご、ごめ、ごめん… 口が回らへん、 「謝らんでもええで。」 用事ないねんやったら、 そんでええねん。 そう言ってヤマギシはまた 始める。 ガシガシガシガシ… ガシガシガシガシ… 「あっ!!そうや!!」 ヤマギシが叫んで、 ばばっと立ち上がった。 「ダさイ!このまんまここにおれよ!ええな、おれよ!」 そういって走ってってしもた。 スケッチブックほったらかし。 開いたまんまのスケッチブック。 描きかけの絵は 目玉目玉目玉目玉 大小いろいろ不揃い でも全部目玉。 ぐりぐりの目玉が、 ぎろぎろぎろぎろ また白目んとこが、 異様にでかくて、 それぞれがイビツで 目玉やのに血管浮いてて キショクて、 キショクて、 目玉目玉目玉 どっか見てる、見てる、見てる……。 見てる。 ぎろり うわ。 "あいつアタマおかしい。" "マジで呪いかけとるんやで。絶対。" …そっか。この絵か…。 うわぁ。 ガラッて扉が開く。 バタバタバタッて ヤマギシが走り込んできた。 「ほらっ、これ。」 ヤマギシが手にしてる紙の箱。 あ、それ。 「落としてたで。こないだ。」 彫刻刀の箱。 ああ、そっか。 あんとき落としてたんか。 「それ、ええやつやろ? 購買部にあるのんと 全然違うもん。」 あ、…これな。 お父さんがくれてん。 「へ?」 僕な、小学校のときな、 木を彫る、てあって、 版画とか、木彫りの像とか それで、 ほめてもろたことあんねん。 せんせに。 「へぇ。」 そしたら、 お父さんが喜んで、 ものすご歓んで、 それ買ってくれてん。 「ほしたら、大事、やろ?」 「もうええねん。」 「なんでや?」 「僕な、ほんまはな、 版画とか、あんまり好きとちゃうねん…。」 「そうなんか…?」 「うん、そやからそれ、 のうてもええねん。」 「お父さんに、それ、…言うてないな?」 ダさイは黙ってうつむいてるだけ。 そっか。 それだけ言って ヤマギシはまた ガシガシガシガシ 目玉かきはじめた。 どんどん殖えてく目玉。 ヤマギシは、絵だけ…? 「うん、絵ばっかりや。」 そっか。 彫刻刀の箱を眺める。 これ、もろてもらえたらな、て思たけど。 「うーん、彫刻刀は、…使い道ないかなぁ…。」 そっか。 あ…そうや。 彫刻刀の箱を傍の棚に乗せた。 「ここにおいとく。 要る人がいつでも使たらええように。みんなの、にする。」 ヤマギシはガシガシ描いてる。 カラリと扉が開いて、技術の高橋せんせが木片を抱えてきた。 お!太宰、 3年が木工するから 木切れいっぱいでるぞ。 好きなん持ってってええからな。 「…ダさイ。お前木彫るのんとかが好きや、て思われてるまんまやで。」 ヤマギシが囁いてくる。 そうやねん。それもちょっと困ってる。 けど木彫りとか版画とか あんまり好きじゃないんです、 ていうてしもたら、 …もうこの部屋におられへんかもしれへん。 その方が…もっと困る。 ………。 ひそひそ話、せんせに聞こえてしもたかな。 ふたりでこっそり 様子を伺ってた ら、 お!山岸、お前もおったんか。 お前の絵、コンクール持ってく、て月島せんせが言うとったど。 ええなぁ、わくわくするなっ。 て、笑いながら行ってしもた。 高橋せんせはなんも気づいてないみたい。 ダさイもヤマギシも、 ほっとひとつ気が抜けた。 そして、 コンクール? …そうなん? ダさイが聞いて、 や、全然知らんかった。 ヤマギシが答えてた。
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