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チカイノシルシ が刻まれる
逃げ込んだ。
技術準備室。
静かな時間。
射し込む光。
きらきら舞う埃。
カラリ。
「ここやと思た。」
そう言ったくせに、
それだけ。それでおしまい。
あとは知らん顔で
スケッチブックに
ガシガシ描きはじめる
いつもの絵。
ちらり見上げるヤマギシの横顔。
ヤマギシには気付かれてない、けどあわててうつむく。
ヤマギシの顔が見られへん。
射し込む光。
上がり下がりする埃。
きらきら舞う。
ヤマギシ…、
蚊みたいな声が出てた。
ん?
聞き取られてしもた…。
ガシガシカリカリ
ボールペンが紙を引っ掻く。
ヤマギシはなんで目玉描いてるん?
見てたいから。ずーっと、ずっと見てたいねん。
なんで見てたいん。
欲しいねん。
え。
欲しいから。どうしても。
思てた答えと違ってて、
思わず、立ち上がってしまう。
そしたら
ヤマギシが
今描いてる絵が見えた。
目玉目玉目玉から
伸びる無数の手、手、手。
よじれたり、曲がったり、爪ががんがん立ってたり。
な、なんで、手、描いてるん?
欲しいから。掴むねん。
掴みたいねん。
どうしても。
……。
ヤマギシの絵。
ちゃんと意味があった。
ヤマギシは全然
"アタマおかしい"
ことなんかなかった。
ヤマギシの…
欲しいのんて…何?
するとヤマギシは
絵の真ん中を指差して、
それから空の真ん中を差した。
あっ………。
ヤマギシの好きで好きで
欲しいもの、
何かはわかった。
そしてダさイはもう何も言えない。
「なあ、ダさイ…、」
今度はヤマギシが言う。
「おまえなんでひとりでおるん?」
えっ…。な、なんて?
「男子らが餌食にすんのは、ちびやったり、へろへろやったり、テブやったり。こいつやったら絶対オレが勝てる、て奴。」
ダさイは黙ってる。
「狙われんのは、群れから離れた奴。サバンナとかとおんなじやで。」
ダさイは黙ってる。
「誰かとおれよ?トモダチとさ。」
ヤマギシは描くのをやめて、ぐりぐり目玉でじっと見てくる。
「おまえ、独りでおるから、お前だけいっつも弄られる。」
ダさイは黙ってる。
そんなん、わかってる…。
ほんまはそう言いたかった。
「だれかとおれよ?独りでおらんで。」
ヤマギシがもう一度言った。
………てない…。
消える消える声。
「え?なんて?」
聴こえた。
トモダチいてない…。
「なんでやぁ…?」
不思議そうなヤマギシ。
消える消える声。
わからへん………、
ヤマギシはきょとんとしてた。
が、あっさり言うた。
「よし、なったる、トモダチ。」
え。
突然すぎて、
息するの 忘れた。
「トモダチになろう。ダさイ。
今日から"ワレラハトモダチ"や。」
だいじょぶ、トモダチは馴れやから。
ひとりできたら、あとは連鎖するからなっ。どんどんできるで!
ヤマギシのいうてること、
日本語やけど、全然わからん。
ヤマギシの発想は、
ほんまに、"わからへん"。
でも
ウレシかった。
泣きそうなくらい、嬉しい。
「よし、誓いの儀式や!」
……え、えぇ?
何て?
えーと、確か、
あ、これこれ、と、
ヤマギシはあのときから
置きっぱなしの
彫刻刀の箱を
棚から見つける。
それから
ちょっと乱暴に
棚をどかす。
ぐいぐい押す、押す。
ひっくり返しそうな音が出る。
少し壁がでた。
よし、ここでええ。
ヤマギシが彫刻刀で
壁にがっがっと刻んでいく。
ワレラチカイノシルシヲココニキザム
誓いのしるし…?
ヤマギシ、ヤマギシ…?
そうやでっ。
友情のあかしや。
…ええええぇぇ。
なんか間違えてる、きっと。
ヤマギシはたぶん国語弱いんかな…。
いろいろ(単語とか使い方とか)
間違えて、それもだいぶ間違えて、
覚えてるような気がする。
さ、
ヤマギシは、
そう言うたとたん、
パシュッて
左の薬指を切った。
な!なにしてん、ヤマギシ!
細い細い赤い血がぴゅっと出てる。
何って、誓いのケッパンや。
ヤマギシはケロケロしてる。
さ、いけ、ダさイ。
おまえもパシュッて行け。
勢いよく出された彫刻刀。
怖くて避ける。
すると、するっと滑って、
床に叩きつけられて、
ばきりと無惨に折れた。
ダさイは慌てる。
違う、違う、ヤマギシ、
間違えてる。きっと。
えーなんでや。
誓いはケッパンやろ?
…そんなん決まってないし。
んでもって血判て、
親指の指紋を血で押すことで、もっとヤバイ決意の約束するときや。
もっとヤバイ…?
うん、復讐とか反逆とか革命とか。そんなおどろおどろしたやつとかガチで命かけるってやつや。
友情ではそんなんせえへんで。
…そうなんか?
赤い糸の絆とちゃうんか?
ちゃうちゃう。
そっちも
なんか間違えてる。
そもそもそっちは小指で、
赤い糸は見えへん糸やねん。
ええっ…そうなんか?
絆、強い絆、結ぶ、やろ?
それは、それは…。
ヤマギシのぐりぐり目玉が真剣に見てくる。
ヤマギシ。
なんか、ものすご、
ごっちゃごちゃに
覚えてる思うで。
そうかなぁ。
そうやったかなあ。
で、ヤマギシは言った。
けど、ダさイ、
おまえ、賢いなぁ。
もしかしたら、めちゃめちゃ
アタマええのんちゃうか。
細い細い赤い血の糸。
そろそろと細い指を這ってく。
あ、僕、絆創膏持ってる。
ダさイは絆創膏取り出して、
剥いて剥いて、
ヤマギシの左の薬指に巻いた。
くるりと巻いてやった。
ふーん。お互いの血、まぜまぜする思てた。指と血と絡めて指切り。
ヤマギシの記憶は
どっからきてんのか…
かなりカゲキや。
そ、そんな指切り、あったんかなぁ。
正直ダさイはドキドキがすごくて、脳が疲れはてだしてる。
あったんかどうかも
ようわからへんけど、
けど…。
けど?
その指切り、
ものすご効きそうや。
どんだけ離れても引き戻せそうやし、生涯結んだまま、ほどけへんかも。
そやろ?なっ、
…さ、やろっ。
ヤマギシが絆創膏を剥がそうとする。
まだ血、出るで?
やめてやめて。
ヤマギシを止める。
なんでや?あ、指切るのん嫌か。血でるしな。
いや、それはええねん、と
言いかけてやめた。
その指切りは友情でなくて、
運命の契り、ていうのに
なるのんとちがうかと
思たから。
もし、
運命の契りいうなら、
僕は、
嫌じゃない
全然嫌じゃなくって、
寧ろ震えるほど嬉しい、
けど、
けど…
ヤマギシは
もひとつわかってないから
それで結んだら、
僕は狡すぎる
そう思った。
ヤマギシは指の絆創膏、陽射しに透かして眺めてる。
絆創膏、陽射しに透ける絆創膏ベージュと薄いオレンジ混ざった指輪みたい。
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