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ダさイの好きなもの
彫刻刀、潰した。ごめん。
ヤマギシが謝る。
ええねん。みんなのにしよう、て思てたやつやし。
それに折れたんは一本だけ。
あと四本あるし。
今度まどすわな。
ヤマギシがまだ言う。
もぅ、ほんまに、ええねん。
その日はそれで別れた。
次にまた技術準備室で。
ヤマギシが来た。
おぅ、てゆうただけで、ヤマギシは知らん顔で絵を描いてる。
そらそうや。あたりまえや。
ダさイは思う。
でも、ヤマギシと話がしたい。
なんでもいい、話したいのに。
なんにもでてきいひん。
できるのは見てるだけ。
そやから、キショイて、
そう思われるんやろう。
「なあ?」
いきなりヤマギシがこっち見た。
見てた…がバレた、と思たら、2度と顔があげられない。
「ダさイ、でっかなったらええんちゃうんかなあ?」
え?
…ヤマギシはいっつも突然や。
「でっかい奴は苛められへん。そやろ?」
そやけど…無理やで。
「なんでや。男子やろ?男子はでっかなれるねんで。」
でも、無理やって。
「お父さんて、でっかいか?」
…お父さん、ちっちゃい。
あらら。
でもヤマギシはめげへん、
「お母さんは?ちっちゃいんか?」
お母さんは、あ…
ちっちゃくないわ、たぶん。
他のお母さんらより背高いかもしれん…。
「よし!ええかんじ。ほんなら、お母さんの親戚は?叔父さんとか兄さんとかっ。男の人ら!」
あっ…あっ、…でっかい。
叔父さんらすごいでかい。
「やったやん!」
ヤマギシがバシバシ僕を叩く。
「可能性でてきたやん。でっかなる遺伝子、ダさイん中にもちゃんとおるんかもっ!」
そ、そうかなぁ。そうかなあ。
できるんかなぁ。
「できるで、きっと!
お相撲さんら見てみいや。
普通の人が、あんなにでっかなるんやで?
いっぱい食べて動く、で!!」
ええええぇぇ。
「とにかくいっぱい喰って、いっぱい動くねん。まずは毎日いっぱい食え。」
ううわぁぁ…。
できるかなぁ…。
できるできるできる!
きゃはははってヤマギシが笑た。
困った。けど、
…嬉しかった。
思い出が途切れる。
日にちて、どうして
経つんだろ。
2年になった。
ヤマギシとはクラスが別れた。
あんまり、
見かけれへんようになった。
ヤマギシのC組は隣のとなり。
廊下は繋がってるし。
100メートルも離れてへん。
めちゃでかい声で
ヤマギシッ!て呼んだら
聴こえるんかもしれん、
けど、僕にはものすごく
遠い遠いくにみたいになった。
2年になったせいか、
組ガエで中味シャッフルしたせいかはわからへんけど、
1年の頃みたいには
弄られんようになった。
ズボン下ろされたりは
もうまずない。
けど、1年のときより頻繁に
技術準備室に行ってしまう。
でもヤマギシは来なくなってた。
ヤマギシ、て呼んでみたい。
あのぐりぐり目玉に
ギロギロ見られたいし、
じーっとあの眼を見ていたい。
ガシガシ描く手元を、ずっと見ていたい。
あの日、
あの指切りをしといたら、
今、ヤマギシはここにいてて、
きゃはははって笑ってくれてるんかな、て。夢を見てしまう。
ヤマギシって呼びたい。
ヤマギシを見てたい。
気がついたらそう思てた。
いつも、思てた。
!
校庭にヤマギシがいた。
あわてて隠れたカーテンの影。
心臓がバクバクいうてる。
そして、気がついてしまう
隠れんと窓から身を乗り出して
ヤマギシーっ!て手を振ったらええんやん。
それだけや。
ドラマやアニメで
男子がやるやつや。
普通にやってるやつやんけ。
なんで僕は、
そんなことをようせんのや……。
諦めて、
自分自身に諦めて、
カーテンの影から
ヤマギシを見てる。
ヤマギシは絵を描いてなかった。
真上を、真上をじーっとみてた。
ぐりぐり目玉、
青い青い空の一点を
凝視してる。
すごく不安になった。
ヤマギシ、
そんなん、見んといて。
無性にそう叫びたくなった。
別の日にまたヤマギシを見た。
三階の踊り場の窓際にいた。
上を見ていた。
上、上、上。
空の中、中、中。
ぐりぐり目玉身じろぎもせず
ただただ凝視してる。
また不安が背筋を登る。
ヤマギシ、ヤマギシ、ヤマギシって
叫びたかった。
…叫べなかった。
呑み込んでしもた。
叫んだら、
叫んだらよかった。
叫んだらよかった。
叫んだらよかったんやんけ!!
ああ、
…死んでまえ、僕。
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