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その時、玄関のインターホンが鳴った。
時計を見ると時刻は十九時半を少しまわったくらいだった。
誰だろう?
唯斗兄が帰ってくるには随分早いこと?
お母さんは「えー、何?」と呟きながら、流していた水を止めてエプロンで手を拭き、インターホンのカメラを見に行った。
「誰」
亮ちゃんが眉間にシワを寄せる。
「唯斗。何か知らない男の子も一緒」
亮ちゃんが舌打ちする。
予想外に早い兄の帰宅。
お母さんはパタパタと玄関へ行ってしまった。
男の子も一緒って言ってるけど、それはきっと成人男性の意だろう。
「ずいぶん早いね、遅くなるって言ってたのに」
拭き終わった碗を脇に寄せながら言うと、亮ちゃんは「本当だよ、明日土曜なんだから月曜の朝まで帰って来なくていい」と真顔だった。
ガラガラと玄関の扉が開く音がして、お母さんのちょっとだけよそ行きの声が聞こえてくる。
「ごめんねー、わざわざ唯斗送って来てくれて。重かったでしょ」
重いって言われてんなアイツ、と亮ちゃんは鼻で笑ったが、その後すぐに「この子細身だけど、身長大きいから」と付け加えるお母さんの声が聞こえて、すぐに不服そうに押し黙った。
大丈夫。
亮ちゃんもきっとすぐ伸びる……と良いね。
「ごめんね、手間かけさせちゃって」
「全然平気っすよ」
快活そうな成人男性の声。
もしかして、あの人が、唯斗兄が電話で言ってた「後輩兼用心棒」のことだろうか。
だとしたら、どんな人なのか妹としてはちょっと気になる。成人男性怖いけど。
人に囲まれる人気者なのにもかかわらず、親衛隊の嫉妬心を刺激することを恐れて唯斗兄はあまり特定の友達を作らないのだ。
「好青年ねえ。しかも上背あって若いし。唯斗の後輩?」
お母さんが訊ねる。
「あ、はい! 唯斗さんの後輩兼用心棒っす!」
「え〜、そうなの? 助かる〜、この子小さい頃から危ない目にばかり遭ってきたから」
やっぱり、あの人が唯斗兄の言ってた人なのか、『後輩兼用心棒』。
「あの歳で、自分の身も守れねーのかよ。二十七だろ、今年で」
亮ちゃんが毒づいた。
いくら嫌いでも流石に兄の歳くらいは覚えていられるらしい。
「唯斗ってば、すっごい下戸だから。ねえ、今日は何杯のんだの?」
「……んー、三?」
声だけで酔っ払っていると分かるほど夢うつつな口振りだ。
亮ちゃんは「あいつ、酔うとキモくなるよな」とすかさずディスる。
「三杯も飲んだの⁉︎」
お母さんが咎めるような、驚いたような反応を見せると例の後輩兼用心棒さんが、「あ、違うんすよ、三杯じゃなくて三口っす! 酎ハイを」と訂正していた。
相変わらず、お酒弱いなあ……。
お母さんもお父さんも飲めるから、多分お爺ちゃんとかに似たんだろうな。隔世遺伝ってやつ?
「三口って。本当にこの子は……」
「あ、でも途中でビール勧められててそれは俺が代わりに飲んだんで!」
「えー、いい子ー」
「あざます!」
「ねえねえ、いい子だから答えてくれる? 一番自信のある内臓はどこ?」
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