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瞬間、私は思わず首がねじ切れそうな勢いで玄関の方角を振り返ってしまう。
亮ちゃんは額を押さえて大きなため息をついた。
何が「いい子だから」なんだろう。
日常会話でもするかのようなノリで、かなりエキセントリックな話題をふっかけられた後輩兼用心棒さんは「えっ、内臓すか?」とたじろいだ。
明らかに引いている。
そりゃ、そうだよ。
誰だってそうなるよ。
何てこと訊いてるんだ、うちのお母さんは!
「あ、あー、自信ある内臓……。多分、俺、肺は丈夫だと思うんすよ! 小中高大、野球やってて、走り込みとかもしてたんで!」
ダイニングキッチンまで響いてくる後輩兼用心棒さんのトンチンカンな返答。
私知ってる。
肺って鍛えることができない臓器だって、お母さんが前に言ってた。
「なあ、唯斗の後輩頭悪くね?」
「しっ」
立てた人差し指を口の前に持ってきて弟を黙らせる。
聞こえたら、やばい。
「肺。そう……。肺。肺、ねえ……」
微妙そうな言い方だった。
あからさまにがっかりしている。
なんで?
頼りになりそうと思った用心棒が馬鹿だったから?
それとも自分の知識欲を充分満たす解答じゃなかったから?
変な回答だけど、お母さんの質問に律儀に答えてくれたのに……!
「じゃあ、健康診断で一番良かったのは何か教えてくれる?」
「え……、さ、さすがにちょっと覚えてないっすかね」
頭悪いもんな、と亮ちゃんが真顔でガラケーをいじりながら言っていた。
また人差し指で黙らせる。
私は焦り始めていた。
これ以上お母さんが変なこと訊いたら、唯斗兄が後輩兼用心棒に嫌われて会社で肩身の狭い思いをするんじゃないか。
止めに入った方が良いよね。
成人男性怖いけど! 喋るのは、まだマシにできるし。
触られさえしなければ平気だ!
意を決して、ダイニングキッチンを出た。
「お、お母さん……そろそろ唯斗兄、家にいれてあげたら……?」
そっと玄関に顔を出す。
唯斗兄に肩を貸している「後輩兼用心棒」さんの姿を見て、驚きのあまり硬直してしまった。
それは向こうも一緒だったようで、まん丸く目を見開いて私のことを見ている。
「あ、ひかり。この人ね、唯斗の後輩兼用心棒なんだって。これで唯斗もセクハラされなくて済むねー」
その後輩兼用心棒は、私が今朝曲がり角でぶつかった、名も知らない塩顔短髪の成人男性だった。
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