46人が本棚に入れています
本棚に追加
Platonic 2
週が明けて今日は月曜日。
先週の金曜の「交際を前提に友達になってください」という告白っぽいお誘い。
断ったこと自体は英断だったと自分を褒めてあげたいわけだけど、その後私にはちょっと気になることがあった。
小林さんは、亮ちゃんの上段蹴りをまともに顔に浴びてしまっていたけど……。
怪我をしていないか、それが少し気がかりだったのだ。
唯斗兄の後輩ってことは同じ営業部のはず。
そんな人が顔に気味悪い色の痣でもつくってしまったら営業マンとしては致命傷になるんじゃないのか。
だとしたら、本当に申し訳ない。
だけど、小林さんの連絡先を一切知らなければ、心配を掛けたくなくて唯斗兄にも何も相談していないので、彼に怪我の有無を訊ねる機会は見当たらない。
でも、連絡先を知っていたとしても掛ける勇気なんか出なかったかもしれないなあ……。
「望月」
凛とした涼やかな本条先生の声を受けて、私は現実に引き戻された。
顔を上げると眼鏡の奥の切れ長の目が私を怪訝げに見つめていた。
私はソファーに腰掛けていて、ガラス製のローテーブルを挟んで本条先生もソファーに座っている。
すりガラスのパーテーションで区切られた一角。
職員室の来客用のスペースだ。
視覚の情報から、今が二者面談中だったことを思い出すことができた。
それから、制服の半袖から晒した腕が微かに粟立つほど、よく効いた冷房のおかげで。
「やけにうわの空だな。具合でも悪いのか」
「いっ、いいえ!」
本条先生の言葉が「貴重な休憩時間を割いてわざわざ面談してやってんのに、よくぼんやりしてられるな」なんて具合に責められたように聞こえて、ブンブンと首を横に振る。
本条先生には慣れない。
怖い……!
「……何もそんな怯えることないだろ…………。まあ、いい。時間ないんだ、面談するぞ」
「あっ、は、はい……!」
返事をする声が若干、震えた。
成人男性と二人で進路の話とか何の拷問なの……?
しかも、相手が本条先生だし。
まあ、担任だから不可抗力なんだけど!
本条先生は、テーブルに置いた私の成績表を見ながら「進路はどうしたいんだ?」と口火を切った。
「ま、まだ決めてなくて」
「進学はするんだろう?」
「それも、わかんなくて」
「興味あることとか、好きなことは」
「……料理、ですかね」
本条先生は、「なるほどな……」と呟き、手元にある紙を一枚めくった。
そして、数秒経ってから口を開いた。
「……家庭科部だったよな、確か」
「は、はい」
「国公立大の栄養学部とかはどうだ」
「……仕事にする気はなくて」
趣味を仕事にしたり、深くまで勉強する気はなくて。
自分にとって、料理が勉強や仕事といった義務になってしまったら、今まで通り好きでいつづけられる自信がない。
今、楽しみながら取り組んでいられるのは、勉強の息抜きであり、趣味だからだ。
「そうか。それなら、ほかに何か興味のあることとかあるか?」
「え…………」
返答に詰まった。
料理のほかに何かやりたいことがあるわけではない。
でも、料理を生業にするつもりはない。
自分がどうしたいのかがわからなかった。
私のことなのに、わからない。
それきり黙りこんでしまった私に、本条先生は「まあ、まだ二年生だしな。夏休み中にでも、いろいろ考えてみてくれ」と簡素に告げた。
夏休みは、二週間後にまで迫っていた。
小林さんのことといい、進路のこととといい、気が重い。
最初のコメントを投稿しよう!