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やっぱり、無理かもしれないな……。
時刻は二十一時過ぎ。
夕ご飯も食べ終わり、お母さんは夜勤に行ってしまった。
浴室からはシャワーの音が微かに聞こえてきている。
今、ダイニングにいるのは今さっきお風呂から上がった私と、弟に「てめー、俺より先に風呂に入んな」と拒絶された兄だけ。
大体、なんて説明したらいいんだろう。
ちょっとシミュレーションしてみよう……。
「私、唯斗兄の後輩から初対面なのに告白されちゃってさー」いや、これはアウトだ。どんだけ調子乗ってる女だよ。
私が密かに苦悶している間にも唯斗兄は、綺麗な横顔でローテーブルに片肘をつき、バラエティ番組を大人しく観ていた。
私は白いソファーで、手元のスマホを見る振りをしながらずっと頭の中に台本を思い描きつつ、タイミングをうかがっていた。
CM入ったらすっと言っちゃおう……。
大丈夫、言える言える。
「あのさ」
CM挟まないうちに、しかも唯斗兄の方から私を振り向いた。
思わず飛び上がる。
予想外だった。
「え、なに?」
なるべく、自然に見えるように心がけて声を出した。
それでも、まばたき増量中。
「ちょっと訊きたいんだけど」
「うん、どうしたの?」
「金曜、俺後輩に送られてきた、よね?」
「え、あ、そうだね」
こくこく頷く。
本人が妙に自信なさげなのは、お酒を飲んでからの記憶がないからなのだろう。
自分が醜態を晒したかについても分からないから、ちょっと怖いのかもしれない。
酒を飲めば、酒に呑まれてしまう男、それが唯斗兄。
ていうか、どうして今そんな話を?
「それでさ、俺を送ってきた後輩が小林って言うんだけどさ」
「知ってる……」
思わず呟いてしまった。
「あ、じゃあ小林が告白したって言ってたのは本当の話なの?」
参ったな、みたいな笑みと共にそんなことを言われる。
一瞬フリーズしてしまった。
「……えっ、何で知ってんの⁉︎」
「いや小林が今朝、俺の所に来てさ。『とある人と運命的に出会って一目惚れして、唯斗さんを家まで送りに行ったら、惚れた相手が妹さんだと判明したので告りました、そんで振られました。よく考えたら軽率でした、すんません‼︎』って謝ってきたよ。そんなことあったんなら、言ってくれたらよかったのに」
あ、そっか。
二人は会社の先輩と後輩だった。
「告白されて振ったの?」
唯斗兄は、テレビの音量を少しだけ下げた。
遠くから聞こえるシャワーの音だけが、大きく感じられた。
「告白っていうか……交際を前提に友達になってくださいって言われて」
「ああ、お友達からってやつだね」
「うん……それで、速攻、嫌ですって言っちゃって。でも、よく考えたら悪いことしたかなって……。ていうか、顔に痣とかついてなかった……? 顔の調子が悪いとか言ってなかった?」
「え……痣ってなに?」
唯斗兄は、物騒なものでも見るような顔になった。
反射的に違和感を抱く。
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