Platonic 1

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本条(ほんじょう)先生だわ」 紫が、何とも無しに担任の先生の名前を口にする。 本条高遠(たかとお)先生。 うちのクラスの担任で、歳は二十代後半らしい。 担当科目は現国だけど、数1Aくらいなら教えられるという、『数学が出来なかったから国語に逃げたわけじゃない』タイプの文系人間。 でも、教員免許を持ってる科目は国語だけだから、本当に数学もわかるのかは神のみぞ知る。 そして、優秀な先生だけど、若いわりに余裕がなくて、結構すぐにキレたり、怒鳴ったりするのですこぶる怖い。 成人男性が苦手な私でも特に苦手な傾向にある大人の男の人。 銀縁(ぎんぶち)の眼鏡を掛けた本条先生がズカズカと近づいてきて、私たちの一歩手前で止まった。 むせるかと思った。 お、怒られる……⁉︎ でも私も紫も何もしてません、許して下さい神様‼︎ 「昼飯食ってる中悪いな、(たちばな)と望月。柊聖(ひいらぎひじり)を見掛けてないか?」 本条先生は、そう簡素な質問をしてきた。 説教じゃなかったことに、肩の力が一気に抜ける。 柊聖くん(柊が名字で聖が名前)は、私や紫と同じ特進科の生徒だけど、ちょっと変わった男の子で学年切っての問題児なのだ。 私が、いまだドコドコ言ってる心臓に手を置いて、なだめている間も紫(名字は橘)が「あ、聖ですか? 知りませーん」と返してくれている。 ありがとう紫、一生仲良くしようね。 でも、ちょっと怖いもの無しにも程があると思うな。 本条先生は「そうか……幼なじみの橘も知らないか……、どこ行ったんだ」と何やら思案顔で顎に手を添えていた。 紫は、家が近いとかで小学校の頃から聖くんを知っている。 「聖は、本当昔から変わらないですからねー。あいつ、また何かやらかしたんですか?」 「今日の昼休みに二者面談やるから職員室来いって言っておいたのに、来ないんだよ。くそ、エスケープしたんじゃないだろうな」 「ふん、誰が貴様ごときから逃げるものか」 斜に構えた低音が聞こえて、私たちは前方のドアに視線を向ける。 戸にしなだれかかって腕を組んだ聖くんがいた。 男子の制服である白いワイシャツにループタイ、それからワイン色のズボンと服装は順守(じゅんしゅ)しているが、腰には木刀を下げていて、足元は素足に下駄を突っかけている。 聖くんは幕末の武士になりきっている、イタイ系の男子高校生なのです。 「柊‼ 今日の昼休みは二者面談やるって言っただろ! 今までどこにいたんだ⁉︎」 本条先生が、ナマハゲのような顔になった。 その音量のボリュームが私を委縮(いしゅく)させる。 怒られている(とう)の本人、聖くんは、しれっとしたまま言った。 「武士道の先人達に教えを()いにな。(いくさ)の時期が近づいている(ゆえ)」 「何言ってんのか分からん! おい、幼なじみ、通訳してくれ!」 「『剣道部の先輩と稽古してきました。地区大会が近いので』」 紫は(よど)みなくスラスラと訳してみせた。 何度見ても感嘆せずにいられない。 すごい、あんな意味不明極まりない言語を日本語に訳せるなんて。 幼なじみスゴい……! 「ああ、そうかそうか。ところで俺は何度も何度も言ってると思うんだが、何で校内で下駄を履いてるんだ⁈」 本条先生は聖くんの足元を、腕時計以外のアクセサリーは無い左手の指でビシッと指し示した。 まあ、ツッコみたい気持ちはよく分かる。 分かるけども……。 どうせ、まともな返事してくれないんだから放って置いたらいいのに。   上履きを履け、と命令された聖くんは涼しい表情のままだった。 何故か流し目。 「ふん、馬鹿を言うな寺子屋風情(ふぜい)が。そんなハイカラな履物(はきもの)は好かん」 「『バカなこと言わないで下さい先生。そんな現代的な靴は嫌いです』」   紫は頼まれたわけでもないのに訳している。 本条先生は「何が現代的だ! 上履きなんか大正からあるだろうが!」と返している。 上履きって大正からあるの? ていうかそれにしても、クラス分けされた時から思ってたけど、ほんと聖くんと本条先生って相性悪いよなあ……。 まあ、原因の九割は聖くんが奇天烈(きてれつ)なせいなんだろうけど。
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