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学校も無事終わり、私は一人で家路をたどっていた。
月に一度の家庭科部の活動は一昨日あったばかりだ。
紫はバスケ部なので、部活が終わる時間帯が合わず、あまり一緒には帰れない。
日差しは昼間よりやや緩みはしたものの、涼しいわけでもない。
七月に入って日は長くなる一方だ。
夕方になっても空は明るい。
今朝、ダッシュしていた通学路をゆっくりと歩いて帰る。
あの曲がり角でまたあの人に出くわしたらどうしよう、と思ったけど別に会わなくて済んだ。
神様ありがとう。
無宗教なのに助けてくれるなんて懐が深い。
家の前まで来た時、スカートのポケットに入れていたスマホが鳴った。
取り出すと画面には「唯斗兄」と表示されていた。
スライドして応答する。
「もしもし? 唯斗兄? どうしたの?」
「あ、ひかり。今朝間に合った? 車で送ってこうとしたのにトーストくわえて行くって言うから」
だって、唯斗兄の会社と私の高校反対方向だし。
万が一、唯斗兄の方が遅刻したら流石に悪いと思ったのだ。
でもあんなことになるんだったら、素直に乗せていってもらったほうが良かった気がする……。
今となっては全部あとの祭りにしかならないわけだけど。
「うん大丈夫。ギリギリ間に合ったよ。ていうか、朝ごはんパン二枚で足りなかったでしょ。お弁当も時間なくて作れなかったし」
「いや、朝ごはんは足りなかったけど平気。昼休みに後輩と死ぬほどインドカレー食べたから。インド人が経営しててね、ナンが出てきて手で食べる専門店」
何故かちょっと得意げに言われた。
インドカレーって。
ただでさえ夏で暑い中、よくそんな汗が滴り落ちそうなスパイスの効いたものが食べられるな。
「まあ、ひかりが遅刻しなかったならよかった。亮ちゃんにも送ってこうかって言ったんだけどさ、『てめーの車に乗るくらいなら一輪車に乗ってった方がまだマシだ、どけ』ってツバ吐き掛けられちゃったよ……」
沈んだ声。
相変わらず、弟に嫌われている。
でも、優しい兄は決して弟を嫌わない。
「まあ、一輪車に乗ってった方がマシとか言いながら、亮ちゃんはいつも通りチャリで学校へ行ったよ」
「そうなんだ……。まあ、うちに一輪車無いもんね。で? 話ってそれだけ?」
「あー、あのさ俺今日飲み会で遅くなるから母さんに夕飯要らないって伝えといてくれる? 何回かけても電話出なくて。LIMEも既読つかないし」
「え? 飲み会? 大丈夫なの?」
つい、尋ねる声が深刻になってしまう。唯斗兄は超がつく下戸。
「あっ、大丈夫大丈夫。後輩兼用心棒がいるからさ。同じ部署の部下なんだけど俺が飲まされないようにしてくれるし、帰りも送ってくれるから夜道も変質者も怖くない」
弾むテノール。
言ってることが完全にOL。
でも、まあ守ってくれる人がいるんなら平気か、と私はひとまず安心して「分かった、伝えとく」と通話を終了した。
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