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1.9月、家賃の支払い日
「んじゃ、行ってくるね」
身支度を整えた藤代奈々が玄関へ向かう、リビングとダイニングを兼ねた部屋の座卓でテレビを見ていた水木悟志は「おう」と返事をして立ち上がりそれを見送る。
「夕飯、なにがいい?」
玄関まで来てくれた悟志に、奈々は笑顔で聞いていた。
ふたりは恋人だ、専門学校に在籍していた頃から交際をスタートさせ、就職となったとき一緒に住むことになった。
同棲して7か月、家事は概ね食事作りは奈々が、掃除は悟志が担当していた。洗濯は夜のうちにふたりで済ませる。
そんな家事の分担からなにからなにまで、全てうまくいっている、奈々はそう思っていた。
「うーん、ハンバーグ!」
子供のようなリクエストに奈々は笑顔で了承を伝えた、ひき肉がなかったから帰りに買ってこようと計画を立てる。
パンプスを履いた奈々は振り返り「ん」と顔を突き出す、悟志は「おう」といってその唇に軽くキスをする。
「いってきまーす」
笑顔でいってドアを閉めると、その背後で悟志が中から鍵をかけた。
ドアに耳を当て奈々の足音が遠ざかるの確認すると、意味もなく足音を忍ばせて室内に戻り壁掛け時計を見る。
約束の時間まであと少し──小さく舌なめずりをしていた。
☆
その日の午後一番に社内に響く電話のコール音、いつもと変わらぬその音が途切れると、いつもと変わらぬ営業課の庶務の応対の声がする。
「はい、村松重工営業部、浜中です」
そこから繋がるのは営業で外回りをしている者達の名前が上がるはずなのに、その時ばかりは意外な名前が上がった。浜中も少し不思議そうに声を上げる。
「藤代さーん、ウイハー社様からお電話です」
「はい⁉ 私⁉」
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