第1章01-02

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第1章01-02

 進路を失い、退路を断たれた嵩見が、駆けおりてきた斜面を振り返る。矢の雨は止んでいて、斜面の上にはいくつもの人影が並んでいる。声を降らせてくる男が、優雅な歩みで傾斜をくだる。忌々しげに眇められた紫の目には、天から舞い降りるかのように近づいてくる男が映っている。  傾斜の終わりで足をとめ、男は嵩見と対峙した。 「こちらにおいで」 「断る」 「ふたりきりのきょうだいなのだろう」  少年は口の端を吊り上げた。 「それがわずらわしいんだよ、猟犬」  猟犬と呼ばれた男は微笑んだ。 「聞き分けのない子だ。それでは、捕縛するしかない」  猟犬は片手を挙げた。斜面の上に並んでいる弓の弦が軋む。 「胸から上は残せ。喋らせることができればよい」  嘲笑が少年の唇を歪ませる。 「せめて筆談するための片手くらい残しておかないか。場合によっては舌くらい抜くつもりなんだろう」  やわらかな微笑が猟犬のくちもとを彩る。 「そうならないことを、祈っているよ」  嵩見を的とし、無数の矢が放たれる。 「そうはならないさ」  己を目がけて収束してくる黒線に、的は笑った。  狙われた点へと矢が到達する寸前を見はからい、嵩見は後方へと跳ねる。猟犬が眉根を寄せた。進路上に的を失った矢は、蔦と枝によって編まれた平面を貫いた。平面は的を受けとめきれずに裂け、面であることをやめる。植物の幕に穴を穿った矢は、そのまま闇へと落ちていく。とびすさった的も、また、落ちていく。  落下する嵩見を一瞥し、猟犬はきびすを返した。  上空にて、すべてを明るさで塗り替えるような、鮮烈な光が瞬いた。霧雨のような粒を降らせてくる空の蓋を、光の筋が這い回る。一筋は細くとも、這い回る数多の筋はところどころで合流し、奔流となった。光の奔流は閃光となる。閃光は、地も空も塗りつぶし、明滅することを繰り返す。  猟犬は閃光を仰がない。 「それは残念だ」  失意も落胆もともなわない声を、地を裂くような轟きが圧し、潰していった。
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