第1章02

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第1章02

 地平線を見渡せる高さにある窓から、少女が森を見下ろしていた。間断なく降ってくる細かな粒は、風に遊ばれ、窓を叩いて落ちていく。どことなくぼやけた景色にきらめいた七色が、少女の目に憎悪を過ぎらせた。  切れ長の紫の目がとらえようとする景色を阻むものは何もなく、時折、風だけが窓のはめられている岩壁を吹き降りながら鳴いている。  そこは岩石でできた柱の中だった。  森を根として、天へと腕を伸ばすように、ひとが暮らせるようくりぬかれた岩がそびえ立っている。果てなく伸びているそれは、歪にねじれた塔のようでもあり、頭蓋につながる背骨のようでもあり、巨大で白い螺旋階段のようでもあった。天と地を貫くこの巨大なものは、通称として白柱と呼ばれていた。 「獲物はまだかしら」  椅子に腰を掛け、窓にもたれかかるようにして上体を傾げている少女の背には、束ねられていない黒髪が流れている。 「みんないなくなってしまったわ。たくさんの街があったはずなのに。ここもどんどん寂しくなっていくの。あんなに声があふれていたのに。でも、そんなことを気にかけていたらいけないわね。わたしは嵩見の姫なのだから。伸ばされてくる手があるのならば、それに応えなければいけないわ。だけど」  薄ぼんやりとした空を、少女は睨みつける。 「寝物語、おとぎ話、言い伝え、なんでもいいの。あなたたちがどのようなものであるのかなんて、どうでもいい。ただ、あの子まで、わたしから奪っていくというのなら、許さない」  窓をがたつかせながら、風が鳴く。  空を睨む少女の頬を、光という白が塗り潰した。少女の耳が天空のざわつきをとらえる。肌の表層を撫でていくひりつきに、産毛の逆立つ感覚に、のどを反らして少女は天を仰ぐ。  紫水晶の目が、はるか上空に、帯電の生み出す光の線をとらえた。  細い光の筋が、天球の表面を這っている。糸のようであり子蛇のようでもある光は、束となり、うねり、もつれ、綯われ、のたうち、ほどけることを繰り返す。光の明滅が天球のあらゆる箇所に転移し、その度に照らし出すものを白に潰す。空が割れそうなまでの轟きが、白に遅れて鼓膜を裂こうとする。連なる現象に光も音も重なっていき、どこが始まりでどこが終わりであるのか判然としない。  散漫とのたうち回っていた子蛇がひとつどころに集まり始める。収束し、巨大な点となった光の糸は、滴り落ちる寸前の水滴のように、空に留まる。しずくの重みが天球の手に余ったその時、しずくは落下を開始し、轟音を撒き散らした。  天と地をつなぐ柱のような稲妻の、先端が下降していく様を、少女は目の当たりにする。窓のある壁と平行に落ちていく光の奔流を、その眩さを、少女は睨みつける。  窓を、扉を、鼓膜を、雷鳴がすべてを揺さぶり、少女から音が遠ざかる。 「何か、落ちた」  両手で耳をふさぐ少女の唇が、光の明滅する無音に、紡いだのであろう音のかたちをかたどった。
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