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第1章04
雷鳴が轟き、地が震える。嵩見の落ちていった崖は、植物の覆いが剥がれ、光を呑むばかりの暗さだけがある。
歩むことをせずとも身の浮いたような心地を、猟犬は覚えた。
森全体が軋みをあげ、咆哮とも絶叫ともつかない地鳴りをともなって、それまで平行であった大地がかしいでいく。
手近なところにあった枝を、猟犬は掴んだ。
「来るのか」
森にひそんでいる猟犬は、天の裂け目を口惜しげに仰ぎ、首をめぐらせた。猟犬の視線の先には、森に突き立てられた、天と地をつなぐ、いびつで巨大な白い棒がある。
天から飛来した雷が、森を貫いた。
滑落した人影が嵩見の消えた崖から落ちる。大気を砕くかのように殴ってくる轟音をやりすごし、猟犬は崖の向こう側を見据えた。地震は既におさまっていて、やや斜めになった地面だけが、振動の名残だった。揺れる前よりも、今しがた配下の転がっていった斜面の傾斜が増したことを、猟犬は見て取る。
枝を掴んだまま、崖に顔を向け、猟犬は眼を落とす。
「落ちた獲物が這い上がってくる気配はない。落ちて袋になったのなら、姫の逆鱗には触れるだろうが、しかたがない。だが、もしそうでないのなら、我々は獲物を追わなければならない」
鱗のようなかたちをした岩石が落ちてくる。雷は眩さを撒き散らすことと騒ぐことをやめない。
「三分の一は底をさらえ。残りは崖向こうの森へ。獲物は嵩見だ。地脈に通じている。地底の道にも詳しい。油断するな」
猟犬の吼え声で、人影が動き出す。
天球に生まれた裂け目はとじない。霧雨のごとく細かな粒が降り続け、つぶてのごとく杭や岩石が降ってくる森で、猟犬は掴んでいた枝から手を放した。
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