第1章05

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第1章05

 洞窟の中で、嵩見は立ち尽くしていた。  地下水のかわりに粒が湧く壁の、岩石でできた空洞を伝って、嵩見は歩いてきたはずだった。その道は暗く、灯火がなければ手探りでしか進めないはずだった。嵩見の記憶している粒の溜まり場を記した地図によれば、ここから地上に出る手立てはないはずだった。  それにもかかわらず、今、嵩見はうすぼんやりとした光を目の当たりにしている。 「明るいだけなら崩落で片づけるところだが」  困惑を通り過ぎて平静ですらある声が、嵩見の唇から落ちた。 「さすがにこれは、どうしたものかな」  嵩見の進路には崩れた地表が積み上がっていた。土壌ごと落ちてきた樹木や、砕かれた地層の塊、炭化した蔦といったものが重なっている。地上と地中がまぜこぜになって積み重なった瓦礫の山の隙間から、一本、腕が生えていた。  嵩見は腕の前にしゃがみこむ。その腕は子供のもので、白く、力無く垂れていた。やや曲がり気味の指は幼く、上向いた手のひらはやわらかそうだ。 「破れている気配はないか」  頬に両手を当てて、腕に向かって嵩見は大声を投げる。 「おい、返事はできるか。できないのなら、指を動かしたり、なんでもいいから反応してくれ」  投げつけた声が消え、残響も消えてから、嵩見は眉根を寄せた。返事はなく、垂れている腕に変化はない。  しばらく腕を見つめていた嵩見は、深く息を吐いた。 「念のため、だな。寝覚めが悪くなっても困る」  安定した足場を見つけた後、嵩見は手近な瓦礫に手を掛けた。大きな塊をひとつふたつ除けると、均衡を欠いた瓦礫の山は嵩見の側に半分ほど崩れる。瓦礫に積もっていた粒が煙となって視界を曇らせる。とっさに飛びのいた嵩見の目が、薄れゆく粒の煙越しに、白い腕をとらえる。腕は垂れていたのではなく、投げ出されていただけであることを、嵩見は知る。
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