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『みっともない真似はやめて頂戴ね』
もうそれは、あの女の口癖だった。
馬鹿のひとつ覚えのように何かにつけてそれしか口にしない。あの女は他に女を作って俺たちを捨てた、俺の父親に当たる男を心底恨み、嫌っていた。そんな男に瓜ふたつである俺の事すら憎くて堪らなかったんだろう。直接口にしなくともありありと伝わってくるほど、俺を見るあの目は嫌悪に満ちていた。まるで道端に落ちている犬の糞を見るような目だ。
『あの人みたいな底辺な人間にはならないで』
そんな底辺な人間の支援がなきゃ生きていけないお前は底辺以下なんじゃねえの?
喉元までせり上がってくるその言葉を何度も歯噛みして押し殺し、取り繕った笑顔で塗り潰してきた。
『大丈夫だよ、母さん』
馬鹿馬鹿しい。
『俺は、父さんみたいにはならないから』
もうその言葉自体が、真っ赤な嘘だった。
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