もっとふれ

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ほろほろとした、どこか切ない懐かしいような高い音がして、俺は思わず足を止めた。 小柄で髪の長い女の子が、路上でまるっこい小さな楽器を抱くようにして弾いていた。 中学生、下手したら小学生にも見える童顔だけど、その顔には見覚えがある。 (間宮、だ) 同じクラス。 整列すると一番前で誇らしげに拳をビッと腰に当てて、髪をぴっちりくくっている優等生。 そんな彼女がほどいた髪を風に揺らしながら嬉しそうに、大事そうに一音一音を奏でている。 やけにきらきらと眩しい。 俺は高校に入ってからクラスの女子とまともに話せたことがなかった。 当然、声をかけることはできずに、こうやって電柱の陰から見守っている。 懐かしいと思ったのは間違いではないのだろう。 歩みを止めて聴き入っているのは年配の人たちだった。 間宮は、リクエストされるままに、何曲も弾いていった。 弾き終わると、ばっちり目が合ってしまった。 「石井君……だよね。どうしたの?そんなところで。隠れきれてないよ?」 しまった。 見つかってしまった。 「あ、久しぶり」 俺はなにをいってるんだろう。 「うん、さっきまで同じ教室にいたけどね」 ひゅるりとビルの谷間を熱風が吹きすぎてゆく。 「……それ、なんて楽器?」 聞いてはみたが、とても間が持たない。 「マンドリンよ。石井君の声、初めて聴いたような気がする!」 「俺も初めて話すからな」 「一番前にいたのに石井君、先生から忘れられて自己紹介の順番飛ばされたんだよね」 「それなのによく覚えてたな、名前なんて」 「席替えするまで私の前にいたからよ。友達が呼んでたから。石井君でっかくて黒板見えなくて大変だったんだから。出席番号二番で悪目立ちしてるのに忘れられるって、どんな才能だろうって思って忘れられなかったよ」 76b22c50-268b-4c38-a5f7-eeb4c74fb0c4
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