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俺は次の日河原にいた。
なんでも部室はもらえていないらしい。
学校でも練習の場はないし、家は狭くて防音でもない。
ここなら少々音を出しても怒られないのだそうだ。
「はい、これが石井君に弾いてもらうマンドリン」
「え?こんなの、高価いんだろ?」
「お父さんの形見の中のひとつだから気にしないで」
いや気にするどころか重い。
さらっといわれてしまい、俺は断ることもできずにいる。
「えーっと、お父さんって……」
気の利いたことばのひとつも出てこない俺に、間宮はにこにこ笑いかけてきた。
「腕のいい料理人で、すごいマンドリン奏者だったの!その音が忘れられずに私はお父さんの背中を追ってるってとこかな!」
「そっかー、間宮はすごいな」
「他人事だと思ってるでしょ?」
「自分のこととは思えないよ。こんなに強引な勧誘ってないし」
「来なくってもよかったんだよ?」
やられた。
なんでのせられてしまったんだろう。
「でも石井君って律儀だね。ちゃんとやってくれそうな気がする。中学の時はなにやってたの?」
答えなくたっていいんだろう。
けれども、俺はまた、間宮につられるように話していた。
こんなことはこれまでなかった。
「陸上だよ」
これ以上つっこんでくれるな。
「へえ!どんな?」
「400m」
人間が無酸素で走れる限界を超える競技だ。
走り終えると立っていられることの方が少なかった。
「すっごいね!でももうやらないんだ、なにかあった?」
なかなかここまで立ち入ってくれる相手はいなかった。
「膝を痛めて、もたなかったんだよ。もうちょっと負担のかからない競技にかわるって話もあったんだけど、他は俺より速いやつがいくらでもいる。この話はもういいだろ」
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