ルナとリナ

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「──って感じでさぁ、もうやってらんないっつーのよ」 「うふふ、ナツホさん、さっきからそればっかりですね。……すみません、芋焼酎をソーダ割りでお願いします」 「あー、アタシもそれでー」  何だかんだ言いながら、ナツホさんも結構飲まれるんです。 「でー、最近どーなんすか、そちらは」 「私のほうは、子どものお世話ですよ」 「おぉー、またかぁ。イズミってさぁ、ホント子ども好きだよねぇ」 「はい!」  一度は保育士を目指したこともあるくらいです。  ナツホさんはお刺身をつまみながら続けます。 「そっかぁ、良いことだー、うん。で、どんな子なの?」 「とっても可愛い子なんですよ」 「それ毎回言ってるよなぁ」 「そうでしたっけ?」  子どもはみんなかわいいので。私もお刺身をいただきます。 「とにかく元気な子と、すごく大人しい子で」 「ふぅん、二人なんだ?」 「えぇ、ルナちゃんとリナちゃんっていうんですけど」  唐揚げを頬張ろうとするナツホさんの手が止まりました。 「ルナと……リナ?」 「はい、そうです」  ナツホさんは身を乗り出して顔を私に近づけ、小声で言います。 「もしかして、苗字はナカガワとかいったりするか?」 「はい、ご存知なんですか?」  座り直したナツホさんの顔は真っ青でした。急にお酒が回ったのでしょうか。 「あの、大丈夫ですか?」 「……うん、アタシは大丈夫」  そう言ってちょうど来た芋焼酎をあおっていますが、それは逆効果なのでは……。 「イズミこそ大丈夫なのか?」 「何がですか?」 「あそこの家の子、ヤバいだろ、だって」 「そうですかね」  このお店の牛スジ煮込みは絶品です。 「ちょっと手はかかるかもしれませんけど、かわいい子たちですよ」 「いやいやいや、そういう問題じゃないだろ、アレは」  私も唐揚げをいただきましょう。レモンはかけない派です。 「アタシもあそこで仕事したことあんだけど、とても正気でいられる気がしなかったね。ありゃ親もネグレクト気味だろ」 「勝手に決めつけるのはよくないですよ。……すみません、ウーロンハイ追加でお願いします」 「あー、あとお冷もー」 「あら、今日はおしまいですか?」 「もう無理、これ以上飲んだら潰れるぅ」  やっぱりお酒が回っていたみたいです。ナツホさんは机に突っ伏して「うぁー……」と唸ってから、顔だけこっちに向けてきました。 「とにかく、アタシは忠告しとくからねー。あそこは早めに辞めたほうがいい。精神ぶっ壊れるよー」 「ご心配ありがとうございます。でも」 「だぁいじょぉぶじゃないから言ってんのぉ。イズミはぁ、何でもひとりで抱え込んじゃうんだからぁ」  言おうとしていたことを言う前に否定されてしまいました。それでも、 「大丈夫ですよ、私は」 「そーかい、でも何かあったらちゃんと話すんだぞぉ」  優しい友人が持てて、私も幸せです。最後の唐揚げはナツホさんにお譲りしましょう。
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