1 電車

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1 電車

「自分はどんな人間か」  車内アナウンスの機械音がそう問いかけると同時に、電車は空気の破裂音とともにトンネルに進入した。  この車両には、僕一人しかいない。僕一人だけが、端っこの幅の狭い座席に座って、一瞬にして真っ黒になった窓を、ぼんやりと眺めている。だから、アナウンスの問いに答えられるのも、僕一人だけだ。  僕は窓に映る自分を睨みながら、頭を悩ませる。僕はどんな人間なのだろう。どんな人間になりたいのだろう。 「あなたは今、自身のアイデンティティを求めています。他者の支配を拒み自由を得たいと思う一方で、本当の所は、自身を定義し束縛してくれる何かを日々渇望している」  アナウンスの声が、僕の思考に紛れ込んでくる。僕は思わず、その声に耳を傾けた。さっきの問いの答えを教えてくれるのではないかと思ったのだ。  アナウンスは尚も淡々と続ける。 「とはいえ、実際のところ、あなたの精神が今どのような状態にあるのか、私には見当もつきません。なにしろ、この車両には、あなたしかいませんから」 「他の車両には、誰かいるんだ?どんな人がいるんだ?」僕は天井に向かってそう尋ねる。 「分かりません。あなたと同じような未熟な若者で溢れているのかもしれません。あるいは、皆とっくにどこかの駅で降りてしまっているのかも」 「誰かと、話したい」 「その行為によって、先程の質問の答えが導き出せるとは思えません。答え"らしき"ものが見つかるのが関の山でしょう。最終的には、あなた自身が納得できる答えを、あなたの中で見つけねばなりません」 「じゃあ、どうすればいい?」 「分かりません」  電車は止まらない。一定のスピードで走り続ける。車内の揺れは揺かごのようで心地良い。目を閉じて首を折ると、夢の世界に引き込まれそうになる。でも僕は、引き込まれる寸前でパッと瞼を開ける。寝過ごしてしまうのが怖いのだ。といっても、目的の駅があるわけでもないし、停車駅があるのかどうかすら分からない。 「このトンネルは、どこまで続くの?」 「分かりません。全ては運転手のみが知っています。……あるいは、運転手さえも知らないのかもしれませんが」  何もわからないまま、僕はただ目をこじ開けて座っている。窓に映る得体の知れない青年の姿が、妙に不気味だ。
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