夕立に恋

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「あなたみたいな人が、何故こんなところに来るのか不思議でしたがそういうことでしたか」  私は無言で頷いた。教室には居づらくて、だからといって保健室は"そういう人"が行くところのイメージだから嫌だった。人がいない場所を探し歩いて辿り着いたのがここだっただけだ。  碓氷(うすい)先生は理科の教師だ。多分、歳は30前後だと思う。私達一年生の担当ではないから、何を教えているのかはよく分からない。ただ、薄気味悪いと言われているのは知っていた。眼鏡のレンズ越しでも目つきが悪いのが分かるし、下瞼には隈がくっきりと刻まれている。隅にいるくせに無駄に存在感を放つ第二理科室の骸骨が恋人だなんて言われてるけど、先生自体手足が長くてヒョロっとしてるからお似合いかもしれない。白衣を着ているのも余計にそれっぽく見えた。 「そろそろ昼休みが終わりますが」 「次、体育だから行きたくない」  先生は採点済みの答案用紙を綴り紐で纏めている。多分、あれで一クラス分だ。すぐ近くには採点前の答案用紙の束がある。あれを全部採点するのかと思えば、私には全く関係ないのにうんざりしてしまった。 「今の時期は水泳をやってるんじゃないですか?」 「そうだけど」 「それなら授業に出た方が良いかと思いますが」 「え、なんでよ」 「個人競技でしょう? ぼっちが目立ちません」 「なんかすごく失礼なこと言われてる気がする」  先生は眼鏡を外すと、目頭を揉んでいる。私は咄嗟に先生から目を逸らした。裸眼に見つめられると呪われると言われているからだ。100%信じてるわけじゃないけど、先生の得体の知れない雰囲気が噂は本当かもしれないと一瞬でも思わせる。ハンディ扇風機で暑さを凌いでいる私とは違って、汗一つ掻いてなさそうなのも不気味だ。 「団体競技の方が地獄を見ますよ」 「……想像したくない」 「でしょう? バスケやバレーが始まった時に存分にサボりなさい」 「教師が言っていい台詞じゃないね」  眼鏡を掛け直した先生は「ただ、あくまでも単位が取れる範囲内にした方が賢明ですね」と謎の助言をくれた。どこまで本気で言っているのか分からない。でも私は、泳いでスッキリするのも良いかもしれないと前向きに考え始めていた。 「先生、この後もいるの?」 「ええ、そうですね。今日はもう授業もないので、このまま採点を続けますが」 「放課後も来ても良い?」 「…………」 「うわ、今すごく迷惑そうな顔した!」 「してません」  「絶対してた!」と、ハンディ扇風機を先生の顔面に向ける。ムッとしている先生の顔は、呪われると言われるのも納得がいくほど凶悪だった。
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