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「先生の嘘つき!」
「なんですか、藪から棒に」
放課後、私は再び第二理科室を訪れていた。ドアを勢いよく引き、ズカズカと足を踏み入れる。先生は昼休みと同じ場所でノートパソコンを開いていた。
「水泳、個人競技って言ったのに!」
「言いましたね」
「最後、クラス対抗でリレーしたんだよ!」
「知りませんよ、そんなこと」
「なんか皆盛り上がってるし、なのに、私めっちゃぼっちだし! でも確かに球技とかに比べれば全然マシだけど……!」
「要点を纏めていただけると助かるのですが」
「ただ、そうだったよって言いたいだけ!」
「理解に苦しみます」
苦しむなんて言いながらも、きっと理解してくれる気なんてゼロだ。バンッと両手を実験台に叩きつけて抗議する。
「教師なら、少しくらい生徒に寄り添ってくれても良くない!?」
「逆に訊きますけど、私に寄り添われたいですか?」
「…………やっぱ、良い」
自分で言っておいてなんだけど、遠慮したいと思ってしまった。なんか、憑かれそうな気がして怖い。先生は「そうでしょう」となんの感情もなく言うとパソコンに向き直ってしまった。先生がキーボードを叩く音を聞いていると、昂っていた気持ちが風船みたいに萎んでいくのが分かった。
「そういえば、化学のテスト16点だったそうですね」
「な、なんで知ってるの?」
「南先生が嘆いてましたよ。佐野さんは授業は熱心に聞いてくれるけど、テスト結果に反映されないのが残念だと」
南先生は私達一年生の化学担当だ。多分、この学校で一番若い先生だ。26って言ってたし。他の先生より年が近いから親近感が湧くし、感覚も近いのか生徒の気持ちもよく分かってくれる。だから男子からも女子からも慕われている。そして、なんといってもイケメンだ。
「先生、今日も格好良いなぁー、声も好きだなーって思ってるうちに授業終わるんだもん」
「つまり聞いてないと」
「……だって、全然分かんないし。元素記号?覚えたってさ、2とか3とか数字くっついてくる時あるじゃん。なんで?」
疑問を口にすれば、冷めた目を向けられてしまった。先生は基本的に無表情だけど、今、こいつ馬鹿だなって思ってる顔をしている。絶対、そうだ。
「まあ、私、化学とは無縁の仕事に就くから良いけどね」
「それは構いませんが……。追試あるでしょう? 合格しないと流石に不味いのではないですか」
「うっ」
言い訳に言い訳を重ねたけど、痛いところを突かれてしまった。そう、目を逸らしていたけど追試はある。しかも明後日。一応、危機感は覚えていたから鞄には化学の教科書もノートも入っている。ついでに16点の答案用紙もだ。私は覚悟を決めると、パンッと両手を合わせた。
「先生、お願い! 化学教えて!」
「南先生に訊けば良いのでは」
「馬鹿だと思われるじゃん!」
「そんなのテスト結果見れば一目瞭然でしょう」
「そこをなんとか!」
「お願い」「嫌です」のやり取りを三回繰り返した後、先生は渋々折れてくれた。
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