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「なんで私が……」
ブツクサと文句を言いながら先生は戻ってきた。声色から面倒だと思っているのが丸分かりだ。
「まだいたんですか」
そう声をかけられても、すぐに反応することができなかった。
「佐野さん?」
「……先生、電話鳴ってたよ」
「電話? ああ、」
立ち尽くしている私の傍で、先生は実験台の上のスマホを手に取っている。誰からの電話か確認しているのだと思う。続いて何か操作しているから返事でも打っているのかもしれない。
「…………"菜々子さん"って誰?」
見るつもりはなかった。だけど、見えるように置いてあったから、つい興味本位で画面を覗き込んでしまった。まさか女の人の名前が表示されてるなんて思わなかった。ーー嫌な予感がした。どうしてか分からないけど、当たってほしくなかった。
「妻ですが」
スマホをまた元の場所に置きながら、先生はなんでもないことのように言った。
「妻……? 奥さんってこと?」
「そうですね」
「なんで?」
「なんでって……。結婚してるからですよ」
嫌な予感に限って当たるとか言うけど。でもそれを越えてくるとは思わなかった。彼女じゃ、なかった。「へえー」と返したその声が上ずっているのが分かった。
「知らなかった」
「言ってないですから。先生の中でも知ってる人は限られますよ」
「なんで?」
「なんでと言われましても」
「だって、そこの骸骨が恋人だとか言われてるんだよ? 嫌じゃないの? ちゃんと奥さんいるんじゃん」
「プライベートを詮索されたくないので。好都合ですね」
雷が、光る。だんだん暗くなってくる部屋のなかで見た先生はいつも通りの無表情だった。私だけが、なぜか酷く動揺していた。足元や指先が冷えていくのが分かる。それなのに顔は熱くて。心臓の音がやたら大きく聞こえるのは、雷に怯えているからだけではない。
「言ってくれれば良いのに」
「今、言ったでしょう。それにあなたには関係ありません」
「私はっ……!」
言葉が続かない。私は、なんだ。何を言おうとして口を開いたんだろう。ああ、やっぱり噂は本当で、私は呪われてしまったのかもしれない。だって、息が苦しい。頭がグラグラする。まるで首を絞められているみたいだ。
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