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「ギャアア!!」
一際、大きな雷鳴に思わずその場に蹲った。もう少し可愛げのある悲鳴でも出せれば良かったのに、無理だ。本気で怖い。これ、絶対どこかに落ちた音だ。先生は雷くらいでは動じないらしい。「本当にあなた、いつも賑やかなんですね」と上から降ってきた声は静かなものだった。膝を抱えて、ギュッと目を閉じる。本当は耳も塞いでしまいたいけど、先生の声まで聞こえなくなるのは困る。
「子供いるの……?」
「いません」
「あ、そう。そうなんだ……」
「そういうのが面倒なんですよ」
勇気を出して尋ねたのに溜息をつかれてしまった。多分、鬱陶しいと思われた。変なの。きっと私がここへ通い始めた時からそうだったはずなのに。先生にどう思われたってどうでも良かったのに。傷付いたことを悟られたくなくて誤魔化すように口を開いた。
「だって、怖いじゃん。気が紛れる話してよ」
「……専門分野の話しかできませんが」
「絶対、興味ないやつ」
ザーッと雨が降り始める音がする。ここ最近の中で一番の土砂降りだ。雷は鳴り止んだけど、だんだん勢いを増す雨音が恐怖心を煽ってくる。
ーー偏屈な先生が愛している人。どんな人なのか全く想像がつかない。頭がぐちゃぐちゃだ。なんで、こんなこと考えているんだろう。
二の腕に回していた指に力が入る。すると、バサッと頭から何かが被せられた。目を開けて、丸めた身体全部を覆うその正体を知る。ーー白衣だ。思わず顔を上げる。
「気休めにしかなりませんが」
先生は呆れているようにも困っているようにも見えた。
「……先生、雨止まないかもしれないね」
「止みますよ。夕立でしょう?」
「そっか」
円と仲直りできて本当に良かった。明日からはここには来ない。碓氷先生と関わることなんかなくなる。本当に、本当に、良かった。
「白衣、先生みたいだね」
「意味が分かりません」
私は唇に小さな笑みを浮かべた。いつも着てるくせに何の匂いもしないから。周りを寄せ付けないところが似ている。そう思ったことなんか、先生は知らなくて良いんだ。
ーー楽しかった、な。先生は嫌味や皮肉ばかり言っていたけど。円と喧嘩してもなんとか明るくいられたのは先生がいたからだ。それは感謝している。そう、それだけ。ーーだから。……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、好きかもとか思ってない。絶対、思ってない。だって、先生だし。だって、奥さんいるし。なんとなく、そう、雨宿りくらいにしか思ってない。だから、違うんだ。泣きそうとか、涙出そうとか、そんなこと全然ない。私は雨の音に耳を傾けながら、ギュッと白衣を握り締めた。
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