夕立に恋

8/8
前へ
/8ページ
次へ
「ギャアア!!」  一際、大きな雷鳴に思わずその場に(うずくま)った。もう少し可愛げのある悲鳴でも出せれば良かったのに、無理だ。本気で怖い。これ、絶対どこかに落ちた音だ。先生は雷くらいでは動じないらしい。「本当にあなた、いつも賑やかなんですね」と上から降ってきた声は静かなものだった。膝を抱えて、ギュッと目を閉じる。本当は耳も塞いでしまいたいけど、先生の声まで聞こえなくなるのは困る。 「子供いるの……?」 「いません」 「あ、そう。そうなんだ……」 「そういうのが面倒なんですよ」  勇気を出して尋ねたのに溜息をつかれてしまった。多分、鬱陶しいと思われた。変なの。きっと私がここへ通い始めた時からそうだったはずなのに。先生にどう思われたってどうでも良かったのに。傷付いたことを悟られたくなくて誤魔化すように口を開いた。 「だって、怖いじゃん。気が紛れる話してよ」 「……専門分野の話しかできませんが」 「絶対、興味ないやつ」  ザーッと雨が降り始める音がする。ここ最近の中で一番の土砂降りだ。雷は鳴り止んだけど、だんだん勢いを増す雨音が恐怖心を煽ってくる。    ーー偏屈な先生が愛している人。どんな人なのか全く想像がつかない。頭がぐちゃぐちゃだ。なんで、こんなこと考えているんだろう。  二の腕に回していた指に力が入る。すると、バサッと頭から何かが被せられた。目を開けて、丸めた身体全部を覆うその正体を知る。ーー白衣だ。思わず顔を上げる。 「気休めにしかなりませんが」  先生は呆れているようにも困っているようにも見えた。 「……先生、雨止まないかもしれないね」 「止みますよ。夕立でしょう?」 「そっか」  円と仲直りできて本当に良かった。明日からはここには来ない。碓氷先生と関わることなんかなくなる。本当に、本当に、良かった。 「白衣(これ)、先生みたいだね」 「意味が分かりません」  私は唇に小さな笑みを浮かべた。いつも着てるくせに何の匂いもしないから。周りを寄せ付けないところが似ている。そう思ったことなんか、先生は知らなくて良いんだ。  ーー楽しかった、な。先生は嫌味や皮肉ばかり言っていたけど。円と喧嘩してもなんとか明るくいられたのは先生がいたからだ。それは感謝している。そう、それだけ。ーーだから。……ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ、好きかもとか思ってない。絶対、思ってない。だって、先生だし。だって、奥さんいるし。なんとなく、そう、雨宿りくらいにしか思ってない。だから、違うんだ。泣きそうとか、涙出そうとか、そんなこと全然ない。私は雨の音に耳を傾けながら、ギュッと白衣を握り締めた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加