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追放され、行く宛なんてない上に無一文で無職。 別れた街に居ても何が出来る訳もなかったので、意気込み街の外へと飛び出したのだった。 「攻撃する術はなくとも、回復は出来るから……怪我しても、し、死なないし……大丈夫、大丈夫」 杖でもあれば非力ながらに打撃戦も出来たのだろうが、残念ながら持っているものと言えばアデルたちの目を盗んで隠し持っていたMPポーションが2つだけ。 魔物に襲われたらどうしようもない、自身を回復し続けるか、回復が追い付かずに死ぬかのどちらかだ。 魔物に会いませんように、とぼんやりと願い近くに落ちていた枝をせめてもの護身用の武器として持つ、素手よりマシだろうか。無い方がマシかも知れないが。 「でも、本当にどうしようか……故郷が遠すぎる、どこかで仕事……治療師が必要としてくれる場所とか?」 枝を振りながら、勇者一行から離れたい気持ちだけで歩を進める。 此処から次の街までどれ程離れているのだろうか、回復は出来ても空腹は凌げやしない。 街に辿り着いても無一文、街に辿り着く前に魔物に襲われて死ぬか、飢えて行き倒れしてしまうのか……などと、後ろ向きな思考が更に立場の惨めさを際立たせてしまう。 何が勇者一行だ、栄光は全て仲間だけの物、こんなにも自分はちっぽけだったのか。 「……はあ」と息をつく。 惨めだ、枝を握り締めれば、ポキっと音を立てて半分に折れてしまう。 細い先の方は持ってても仕方ないか、と前に放れば、その枝の転がる先を何となく視線を向けた。 小さい音を立て、そして止まった枝──のすぐ傍、木の下で人が1人蹲っている。 「え?」 木の陰で見えにくいにしても、その存在感は何故今の今まで気付かなかったのか不思議な程で、この国の騎士の甲冑は夥しく血で彩られていた。 負傷者、と思った瞬間に駆け近寄れば、濃い血の匂いに思わず手の甲で鼻を塞ぐ。 「大丈夫ですか? あの、──駄目だ、気を失ってるみたいだ」 ボロボロに破損した甲冑姿、特に左肩部分から酷く出血したのだろう、血の痕を指で触れれば乾く手前か。 この場を充満させる血の匂いの殆どは、この騎士のものだろう。近くに落ちている剣に満遍なく付着した血は乾ききっている。 「……う」と小さい呻き声が聞こえ、まだ命があることがわかり、直ぐに甲冑に右手を添えた。 「……酷い」 他の治療師がどんな風に回復魔法を掛けるか知らないが、自分のやり方は『人の形をした体内の魔力を修繕すること』。 健康なら肉体と同じ形をしているが、この騎士の魔力は左肩、右手首、腹部、太股、左足首の部分が欠如していて、更に悪いことに右手首から下、右手の魔力の色がなくなっている──魔力の回路を絶つ呪いを受けているようだ。 目を瞑り、詠唱を開始した。 欠如した部分を元に戻すイメージを思い浮かべ、魔力を注ぐ。 「……こんな重傷者、見たことないよ」 勇者一行はこんな深手を負ったことなんて無いし、立ち寄った先で負傷者が居れば治療していたが、こんな重傷を負ってまだ生きている人間は見たことがなかった。何とも気力のある騎士なのか。 半分治したところで自分の魔力が尽き、隠し持っていたMPポーションの蓋を開けて流し込む。 何としても助けなければ。 治療師として負傷者を見過ごせないのもあるが、今し方仲間に不要と切り捨てられた惨めさを拭い去りたい一心が強い。 回復魔法しか出来ないが、これでも治療師としての意地がある。 「名前も顔も知りませんが……絶対、助けてみせるから」 だから頑張って生きて、と魔力を振り絞り、詠唱を続けた。
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