4(完)

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4(完)

「……此処、は……?」 「騎士団の駐屯所だ」 目を覚まし見慣れない天井に呟いた独り言に返答が返ってきて、聞き慣れない声に視線を向ければ見知らぬ男性が此方を見下ろしていた、が。 彼の甲冑、左肩が破損し夥しい血の痕が残るそれには見覚えがありすぐに上体を起こし「あの」と声を上げ前のめりになる。 「もう、怪我は大丈夫なんですか?」 「……、ははっ、第一声にそれとは。ああ、万全だとも、君のお陰だろう?」 騎士は笑みを溢してから息をつき、ベッドサイドにある椅子を引き寄せて腰を下ろした。 「良かった。右手の治療に結構掛かってしまいまして……見た感じ、今は何処も怪我は無さそうですね」 肩の深手よりも右手の治療に魔力を要してしまい手持ちのMPポーションを空にしても足りなかった程だ、他の箇所の治療が疎かで無かったか確認するが魔力の欠如は見当たらないので胸を撫で下ろす自分を騎士はじっと見つめ、右手を差し出してくる。 「この右手は、どんな状態だったんだ?」 「え、っと、はい。手首の怪我から魔力の回路を絶つ呪いが掛けられていました」 「魔力回路が……それで動かせなくなっていたと」 「はい。あの……魔力切れで運んでくださり、ありがとうございます」 治療した負傷者に運んで貰うことになろうとは、しかもベッドで休ませて貰うなんて治療師失格だ。 しかし彼は首を横に振った。 「それくらいするとも。ああ、肝心なことを聞き忘れていた、命の恩人の君の名前を教えて貰えないか」 「あ、イズルです」 「イズル。君は何故、1人であの様な場所に? 何処かに向かう予定があったのか?」 「いえ、その……こんなこと人に言うのも恥ずかしいんですが」 「何かあったのか、聞かせて欲しい」 騎士の真摯な態度に気付けばパーティーから追放され無職で途方に暮れていたことを話してしまい、難しい顔を見てやはり言うべきで無かったと悔いて俯く耳に「成る程」と小さい呟きが入る。 顔を上げれば騎士は此方を指差した。 「質問が多くてすまない。気になっていたのだが、その折れた枝は君の杖か」 「あっ、い、いやこれはその……ご、護身用に」 「護身用。に、なるのか」 「……なりません、よね」 ずっと掴んだままの枝をゆるりと振れば、彼は難しい顔を崩して慈愛の笑みを浮かべていて。 「何か、礼をさせて欲しい。命を救って貰ったんだ、金でも家でも何でも良い、君が今一番欲しい物を贈ろう」 「礼なんて要りません。僕は治療師です、利益の為に人助けをしている訳じゃない……んですけど」 立派な建前だけでは生きていけないのが現状だ、勿論無償の意志はあるがそれはそれこれはこれと言うもので、この先の将来、何も決まってないのだ。 枝を握り締めて彼の顔を見遣れば優しいままで、我が儘を許される甘い気持ちになる。 「その、……仕事の斡旋とかして頂けたら嬉しいです」 「は」 「ず、図々しいのは承知してます! でも、その仕事が無いと生きていけなく──」 「ははっ、イズル、君と言う奴は!」 大きな声を上げて笑う騎士に目を丸くし、何か変なことを頼んでしまったのだろうかと萎縮する自分に彼は「すまない」と咳払いをし表情を引き締めた。 「まさか礼に職を求められることになるとは」 「すみません……騎士の方ならその、治療師を必要している場所に心当たりがあるかなって思いまして……回復しか出来ませんが」 「まさか回復しか出来ない、と勇者から言われて追い出されたと?」 「どうして、勇者って?」 勇者一行、と言うのは隠したはずだ。 「部下が君を知っていたんだ、それで」 「そう、でしたか」 「何故、君ほどの治療師を追い出すのか俺には理解出来ない」 「それは、回復しか脳が無いから」 「イズル」 騎士は此方の言葉を遮るように被せ、じっと見つめて「君の腕前はこの身で保証する」と笑みを浮かべた。 「欲しい物は仕事、だったか。良いだろう」 「良いんですか?」 まさか図々しい願いを聞いて貰えるとは、と枝を握る手をそっと両手で包まれギョッとする自分に騎士は「此方も図々しいことを言っても?」と聞いてくるので頷き返す。 「これからは俺に君を守らせて欲しい」 「守るって?」 「国の為に捨てた命を救ったのは君だ。ならこの命は君に捧げよう」 「え、いや、そんな! 騎士の方なら守る対象は数多に居ます、お礼のつもりでしたら仕事を頂ければ充分です」 首を振るが、すり、と手の甲を右手で撫でられ拒否を許されない気配にドキリとする自分を騎士は真っ直ぐ見据えていた。 「騎士だからこそ、人々を救う治療師の君を守りたい。君がギルドに登録し各地で人々を救う旅に出たいのなら護衛に。騎士団は治療師が不足しているから専属になってくれるのなら我が隊に来て欲しい……どうしたっていい、君が望む将来に俺が隣に居たいんだ」 「どうしてそこまで」 「諦めていたこの命、この体を救ってくれたのはイズルだけだ。全てを捧げる理由になる。俺を君の剣にして貰えないか?」 こんな口説き文句を言われるような立場ではないが、彼が冗談ではなく真剣に言っているのが伝わりそれを簡単に振り払える状況では無い。 仕事の選択肢に仲間が付いてくると言う予想だにしない好条件に首を振る程、愚かでは無かった。 「僕を必要として頂けるなら」 「ああ、イズル」 彼は嬉しそうに笑うので、此方まで嬉しくなってしまう。 回復しか出来ないと振り払われた手を、誰かに握って貰えると安心する。 こうして、勇者一行から追放された治療師は助けた瀕死の騎士に拾われた後、多くの負傷者を治療し名を馳せることになったのを離れた地で彼の名を聞いた兵士は小さく微笑んだのだった。
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