不眠

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 ご臨終です。  医師は横たわる男の妻にそう告げた。 「一瞬、目を覚ましそうだったんです」  だから、呼びかけたんです。  妻の言葉に、医師は深く一つ頷いた。 「ええ、そのようですね。だが、目が覚める前に、力尽きてしまったようです」  ある事故で大けがを負った彼の意識は、ついに戻らなかった。  長らく眠りっぱなしだったその体はすっかり衰え、機能を果たさなくなりつつあった。  枯れ枝の様になった腕の先についた手を、妻は優しくその掌で包んでいた。 「最後に、声が聴きたかったです……」  ぽつりと、彼の妻はそう言った。  その目からはぽろぽろと涙が溢れ出した。 「おやすみなさい……と言うべきでしょうか……?」  その問いかけに対して、医師は何も言わなかった。  静かな病室の中に、やがて妻の嗚咽の声が流れ始めた。  男の死に顔は、どことなく安らかだった。
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