不眠

2/3
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
 こうして、彼の不眠生活が始まった。  昼間は仕事に集中する。どうせ、夜には時間があるのだと思えば、遠慮なく仕事に打ち込む事が出来た。  その結果、彼は成果を次々と上げた。  一方で、彼は様々な趣味にも手を付けた。  何しろ時間はあるのだ。  世間が動いていないため、習い事などには出られなかったが、動画を見ながら自分で試す分にはいくらでもできた。  気が付けば、編み物や菓子作りなど、それまでの彼には無かった技術をいくつも手に入れた。 「これは素晴らしい生活だ」  彼は満足に過ごしていた。  そんな彼の唯一の不安と言えば、妻の事だった。  男の妻は、時折彼を心配そうに見つめていた。  だが、彼が何か問いかけようとするとスゥっと去っていった。   「一体、何なんだろう……」  妻の顔は、男を不安にさせた。  だが、妻は何も答えず、男は何も問いかけなかった。  こんなにも冷え切った夫婦だっただろうか、と彼は考えた。  そんな記憶も無ければ、そうなる原因にも心当たりが無かった。  だが、随分長い間妻とは口をきいていないように思えた。 「なぜだ……」  そんな事を考える彼の体を突如すさまじい眠気が襲った。  何が起こったのか、一瞬分からなかった。  だが、意識が黒くなるのを感じ、彼はついに自分に眠気が来たのだと悟った。 「やっと眠れる!!」 「あなた!!」  妻の声が突然聞こえた。  男は妻の名前を呼ぼうとした。  だが、それより早く、男を襲った眠気は彼を包み込んでしまった。  次に目が覚めたら、妻の名前を呼ぼう。  そんな事を最後に考えた。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!