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こうして、彼の不眠生活が始まった。
昼間は仕事に集中する。どうせ、夜には時間があるのだと思えば、遠慮なく仕事に打ち込む事が出来た。
その結果、彼は成果を次々と上げた。
一方で、彼は様々な趣味にも手を付けた。
何しろ時間はあるのだ。
世間が動いていないため、習い事などには出られなかったが、動画を見ながら自分で試す分にはいくらでもできた。
気が付けば、編み物や菓子作りなど、それまでの彼には無かった技術をいくつも手に入れた。
「これは素晴らしい生活だ」
彼は満足に過ごしていた。
そんな彼の唯一の不安と言えば、妻の事だった。
男の妻は、時折彼を心配そうに見つめていた。
だが、彼が何か問いかけようとするとスゥっと去っていった。
「一体、何なんだろう……」
妻の顔は、男を不安にさせた。
だが、妻は何も答えず、男は何も問いかけなかった。
こんなにも冷え切った夫婦だっただろうか、と彼は考えた。
そんな記憶も無ければ、そうなる原因にも心当たりが無かった。
だが、随分長い間妻とは口をきいていないように思えた。
「なぜだ……」
そんな事を考える彼の体を突如すさまじい眠気が襲った。
何が起こったのか、一瞬分からなかった。
だが、意識が黒くなるのを感じ、彼はついに自分に眠気が来たのだと悟った。
「やっと眠れる!!」
「あなた!!」
妻の声が突然聞こえた。
男は妻の名前を呼ぼうとした。
だが、それより早く、男を襲った眠気は彼を包み込んでしまった。
次に目が覚めたら、妻の名前を呼ぼう。
そんな事を最後に考えた。
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