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初デートの衝撃
パッと顔を上げると、そこにいた。
スミレの——理想像が。
——ど……どストライクッ!!!
スミレはビビった。ビビったまま固まった。
ど真ん中にストレート、それも160キロの剛速球を受け止めたような衝撃だった。
それはまったくもって、うれしい衝撃だった。
「あれ、違いましたか……?」
フリーズするスミレを見て不安そうな顔をするイケメン……こ、この表情もまた……たまらんっ!!!
「いえ! 違いません! 大丈夫です! わたしが! 井上スミレですっ!!」
初対面の男子に対して女子が発する第一声としては大きすぎる声量であることは重々承知しつつも、それくらい空気を吐き出さないととても声が出せないほどスミレの胸はキュンと押し潰されていた。
——カンペキだ! カンペキだよ『V-utopia』! クルマダよ、よくやった!!
まさかあんな短時間のアンケートでここまで正確にわたしのストライクゾーンを射抜くとは。しかもど真ん中だよ、ど真ん中。
セイジとの付き合いを大切にしていたスミレにとって、本気の初デートも7年ぶり。
有頂天になるのも無理はなかった。
そんなスミレの心中を知らぬイケメンは、人懐っこい笑みを浮かべながら、
「そうですか、良かった! ぼく、立花アユムです。今日はとても楽しみにしていました。よろしくお願いします」
と言って、ちょっと深すぎるくらいに頭を下げる。
礼儀正しいのも——ツボだ。
これからいちいちこのイケメンに自らのツボを突かれ続けるのかと思うとスミレは早くも呼吸困難になりかけたが、なんとか耐えた。
「予約したお店、このすぐ近くなので、行きましょうか」
と言ってアユムはくしゃりと笑った。
その瞬間、元カレへの不満は7万光年先へと飛び去っていった。
『初デート』は完璧だった。
デートというものがこんなにも楽しい時間であることを、スミレはこの日はじめて知った。
「また、お誘いしてもいいですか」と別れ際に聞かれ、「うん」と答えると、笑ったアユムの右上に『次回のデートを予約しますか?』というアイコンが表示された。
スミレは右手を伸ばして『はい』をタップし『明日の20時』を設定した。
「良かった! また連絡しますね」と言ったアユムに「うん、わたしも」とスミレが言うと、『連絡先を同期しますか』というアイコンが表示されたので、これまた『はい』を選択する。
「それじゃあ、気をつけて」
手を振るアユムと別れ、駅のホームへ向かったところで——映像が終わった。
スミレの目の前に広がるのは、いつもの部屋。
着ているのは、いつもの部屋着。
ヘッドセットを外すと、スミレはお腹が空いていることに気がついた。
時刻はすでに24時近い。
明日は仕事だ。これから料理するのも面倒なのでコンビニへ行こうかと立ち上がると、スマホが鳴った。
画面を見ると——アユムからだった。
スミレは驚きつつスマホを手に取り——なぜか両手だった——メッセージを開封すると、
『スミレさん、今日はどうもありがとうございました。すごく楽しかったです。また会えるのが楽しみです』
と書かれていた。
「なんだこれ……?」
と呟いてすぐ、さっきの『連絡先を同期しますか』に『はい』と選択したことを思い出した。
スミレが恐る恐る返事を書いて返信してみると、すぐにアユムからの返事が来た。
『次はスミレさんの好きそうなお店、取っておきますね! それじゃあ、おやすみなさい』
——おやすみなさい
その言葉に、スミレはハッとした。それはセイジと別れて以来、すっかり使っていなかった言葉だった。
『うん、ありがとう。楽しみにしてるね。 おやすみなさい』
そう返信し、スマホを置いた。
コンビニへ行くのはやめにした。
脳内で「太るぞ」という声が聞こえたからだ。
「空腹のまま寝る方が肌に良い」ということも思い出し、スミレはベッドに入った。
久しぶりにぐっすりと眠れた。
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