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「雨だ」
空知くんがそう言うと、絶対に雨が降る。
空を、熟知しているのだ。きっと。雲のかたち、風のにおい。幾重にも重なる校舎にどれだけ空が狭くなっても、空知くんには分かるのだ。雨の気配というものが。
中学生の私には、それは超能力に近いスキルであった。真新しいシーツを何枚もめくるような毎日、私にとって、未来形という時制はほとんどないも同然だった。だからたとえ天気とはいえ、未来を予知する、見通しを立てるなどといった行為は、宇宙人と交信するくらいの異次元の力に思えたものだった。
七月の雨は雷から始まる。大体午後の、下校時間だ。
「あー、雨だ」
窓を見ながら、空知くんはそうつぶやく。その低くひそやかなつぶやきを聞いて、私はすごい、空知くん、とこっそりと賞賛する。
空知くんは走りが速い。それは私の中学では誰もが知っていることであった。中学に入るとすぐに空知くんは県の強化選手みたいなものになり、学校の陸上部だけでなく県の合同練習、とやらにも参加していた。
何より、美しいのだ。空知くんの走りは、その一言につきる。
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