出会いはコーラ味の中で

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「残念ですが、妊娠はなさっていませんね」  その言葉に拍子抜けした私は、ぼーっとした視界のまま目の前の医者を見つめる。先ほどまで優しく微笑みかけてくれていた彼の顔は歪み、地球上のものではなくなってしまった。宇宙人はきっとこんなヘンテコで愛のない顔なのだろう。 「……そんなはずはありません。妊娠検査薬も陽性でしたし」  医者はほんの少しだけ顔を曇らせたが、私を不安がらせないようにと穏やかに、執拗にゆっくりと丁寧に答えたので余計に腹が立った。 「確かに妊娠検査薬の信用性はかなり高いです。正確に使用すればほぼ百パーセント……ですが百パーセントではありません」 「悪阻もあるしお腹もふっくらしてきたのに妊娠していないんですか?」 「していません、間違いなく。エコーにも何も映っていませんから」  医者は横たわる私のお腹にもう一度エコーの器具を押し当てた。お腹ではひんやりと冷たいゼリー状の物体が塗りたくられ、ぬめぬめとした光を放っている。その上をぬめり、ぬめり、ぴちゃりと音を立てながら何度も何度も角度を変えて見せてくれるが、モニターは黒いだけで何か生き物の存在する気配さえ伺えなかった。 「想像妊娠とはそういうものなんです。悪阻もあるし、お腹も大きくなる。胸が張り、母乳が出ることもあります」 「単なる妄想でこうなると?つまり私の妄想だとおっしゃっているんですか?」 「……赤ちゃんが欲しい、赤ちゃんが欲しい、その想いが強いとそうなることもあります。珍しいことではありませんので、あまり気落ちなさらないで下さい」  気落ちなさらないで下さい、などと医者のくせによく言えたものだ。私の年齢はもうすぐ四十歳で子どもは一人もいない。三十五歳以上の年齢での初産は、母子ともに危険が極めて高くなる。それはもう五年前とは比較にならないくらいの危険が伴うのだ。医者なら知らないわけはない。  出産適齢期は実は二十三歳くらいらしい。大学生で妊娠なんてと鼻で笑ったこともあったが、彼女たちは私よりよっぽど恵まれている。適齢期で妊娠できたのだから。  確か卒業間際に二人くらいそれが発覚した。もちろんおめでたいとは思ったが、二人とも就職することなく結婚し出産の準備を始めたので、当時の私にはありえない選択肢だった。社会に出ることもなく出産だなんて……だが彼女たちは勝ち組だ、今の私よりよっぽど。  
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