夕立と東の魔女【短編】

1/7
18人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
「ようこそお越し下さいました。まずはこちらにお名前をお書きください。偽名でも結構」 「偽名でもいいんですか?」 「うん、ここを借りる時に顧客が反社会なんとかかどうか確認しろとか言われてさ、でも聞いたってわかるわけないからとりあえず名前書いてもらってるんだ。世知辛い世の中だよね」 「はぁ」  その辻占の席についたのは偶然だった。  なぜだろう。一人でいたくなかったから。大量の水分がもたらすこの蒸し暑さにむしゃくしゃしていたから。そんな簡単な理由。それからその辻占はギリギリショッピングモールの軒下に陣取っていて、たまたまピチョリと振り始めた雨を避けるのにちょうどよかったから。  気がつくと、その雨は全てを押し流すような豪雨に変化していた。  今日は朝から生憎の曇りでずっと空模様は冴えなかった。それが夕方を迎えてその重さに耐えきれなくなったのか、俺が席に座った途端にどさっと夕立となって落ちてきた。  左手側はにぎやかで電飾瞬く真昼のように明るいアーケード、右手側は人気(ひとけ)のないまだ夏の夕方なのに垂れ込めた重い雲ですっかり暗い屋外。今も何人かの人がこちらに逃げ込んでくる。  ここはちょうど狭間の中間地点で、明るい方に行くのにもまだ未練があって、かといってこの夕立の中を戻るのもためらわれ、むしゃくしゃした気持のまま立ち往生して、結局落ち着いたのはバラバラと派手な音とその飛沫が真上の軒とすぐ左手の地面に打ち付けられるその狭間にひっそりともうけられた占いの席だった。  無意識に、どちらにいくべきか誰かの意見を聞きたかったのかもしれない。  席に座るとふいに、温度が下がった気がする。 「酷い夕立ですね」 「ゲリラ豪雨というやつかな。そのうち上がるでしょう」  その声に改めて占い師を見ると黒い長髪を横分けでまとめた30代くらいのこざっぱりした女だった。  勢いで座ったけどよく見てなかったなとキョロキョロと眺めまわすと女はケラケラとおかしそうに笑う。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!